妹が殺人鬼に悪堕ちしたら兄としてやることは1つ
ちびまるフォイ
いい加減トラックに飽きたら・・・
「お兄ちゃん、私殺人鬼なの」
「えっ」
「あ、今のはちがうね。正しく言えば殺人鬼だった、かな」
「いやそこのディティールはいいよ。ちょっと待てよ。
話が全く見えないんだけど」
妹が夕食の席で出した話題はこの場において最も不謹慎なカミングアウトだった。
「服、赤くなってるでしょ?」
「今食ってるナポリタンじゃないのか?」
「血だよ」
「なんでこう恐怖がわかないんだろうな」
「私ね、人を殺して、殺して、殺し続けないと生きていけないの」
「マジかよ」
「今、こうしている間にもお兄ちゃんを殺したくてたまらないくらい」
「怖ぇよ」
「でもお腹も減ってるから今はいいや」
「殺人の意志弱すぎだろ」
ホラー映画好きな俺としては殺人鬼は冷酷にして残忍。
少なくとも髪をツインテールにした少女ではなかった。
「お兄ちゃん、私どうすればいい?
このままじゃ私……お嫁さんになれないよ」
「この期に及んで人並みの幸せ求めるお前の図々しさがすごいよ」
「お兄ちゃん妹好きでしょ? 一緒に協力してっ」
「おまっ……こういうときだけ肩書き利用するのな」
とはいえ、涙ぐんでいる殺人鬼もとい妹を放って置く兄は
あの世で閻魔様にお尻に花火をぶっ刺されると聞いたのでそうもいかない。
世直しもかねて妹の殺人衝動を抑えるためにいけにえを差し出すことにした。
「最近、このあたりの暴走族見なくなったわねぇ」
「あれだけ夜騒がしかったのにどうしたのかしら」
「でも静かになって本当によかったわ」
近所の井戸端会議が耳に入った。
「やったね、お兄ちゃん。私たちのがんばりだねっ」
「ああ、そうだな。殺人って言っても悪い事だけじゃないな」
人に害をなす悪い人間はごまんといるわけで、
妹に処理させて殺人衝動を抑えるように協力した。
「お兄ちゃんは心痛まないの?」
「なんだろうな。ゲームとかって敵いるじゃん、悪い奴」
「うん」
「そいつらをやっつけるのは罪悪感ないんだよね。
逆に、通行人と蚊を攻撃するのは絶対できないんだよね。
俺の言いたいこと、わかる?」
「うん、お兄ちゃんは私のこと大好きってことだよね」
「大正解だ。愛してる」
これぞ麗しき兄妹愛。オラ喜べよ。
殺人あっせんの日々も最初はよかったものの、
だんだんと悪い人が減っていくにつれて感謝よりも不安が目立ち始めた。
「このあたりで失踪事件多発してるわね」
「怖いわ。殺人鬼が近くにいるのかしら」
「あの家が私怪しいと思っているのよ」
疑心暗鬼は空気に乗って風に運ばれるようにやってくる。
「お兄ちゃん……私、どうしよう」
「気にすることない。お前が殺人鬼だろうと俺はお前の兄だよ」
「うん、大好きお兄ちゃん。殺していい?」
「お前この状況でよくそれ言えるよな」
「だって……だってもう我慢できないよっ、お兄ちゃん!」
聞きようによっては大変にいかがわしくも解釈できるセリフだけど、
妹の持っている血でサビた刃物がチラつくたびに現実に戻される。
「妹よ、俺はお前のために死んでやりたい気持ちは
この太平洋の大海原よりもあるんだ」
「ほんと……?」
「だが、俺が死んでしまえばお前にいけにえを差し出せなくなる」
「ごめんねお兄ちゃん……私が殺人鬼なばっかりに」
「気にすることじゃない。誰にでも欠陥はあるんだ」
「でも……私のせいで……引越ししなきゃなんでしょ?」
妹は察しが良かった。
単に未成年のパーリィな若者をぶっ殺すB級殺人鬼とはわけがちがう。
自分の殺人ルーティーンをこなすたびに近所での疑いの目が向けられ
しだいに動きづらくなっていることを本人も察していた。
そして、それは自分だけでなくほかの人に影響を与えることも。
「もうこの町にはいられない。でも、お兄ちゃんがこの町好きなことも知ってる。
……それに、私は悪い人以外は殺したくないの」
「妹……」
「お兄ちゃん、殺人鬼の衝動って他人にだけ向くわけじゃないんだよ」
妹はそれだけ言って部屋にこもってしまった。
よく意味はわからなかった。
翌日、意味を理解して妹の部屋に押し入ったのはすでに遅すぎた。
妹は自分の部屋で首をつっていた。
丁寧にしたためた遺書を足元に置きながら。
「ああ……そんな……! 俺のせいだ!!
俺がもっと早くに言葉の意味を理解していれば!!」
他人を殺したいと思うのと同じくらいに
自分を殺したいと思う自殺衝動が同居していることくらい把握するべきだった。
今はただ妹の亡骸を抱きしめて悲しみに暮れるしか――
「あ、お兄ちゃん。もうノックしてよぉ」
「生きてるのかよ!!」
「うん、私もびっくりした。本当に死ぬつもりだったけど
やっぱり殺人鬼は普通の方法じゃ死なないみたい」
「たしかに映画とかの殺人鬼はぜったいに死なないな……」
「臨死体験みたいなのはしてきたよ。
三途の川でシンクロしてたら怒られちゃった」
「気にするな妹よ。
新しい遊びを理解できないおろかな大人の弾圧だ。
お前はお前のままでいい」
とにかく妹が戻って来たことを胸をもみしだくことで伝えていると、
まるで現状が改善されていないことを気付かせてしまった。
「お兄ちゃん、でもこれからどうしよう……。
もうこの町では狩りをすることもできないし……出てくしかないのかな。
誰か私に殺されたがる人いないのかな」
「オオカミが口あけてるから、羊に飛び込んで来いって言ってるようなものだぞ」
「でも、私昔から内気で恥ずかしがり屋だもん」
「そうだよなぁ……」
俺は悩んだ。悩んで悩んで悩んだ末に一つのアイデアが浮かんだ。
・
・
・
数日後、声をはずませた妹がやってきた。可愛い。
「お兄ちゃんっ! 殺人させてくれてありがとうっ!」
「これも可愛い妹のためだ。喜んでくれてよかったよ」
「明日もね、殺人の予約い~っぱい入ってるの!
お兄ちゃんのおかげだよっ、私本当にうれしい!」
「いやぁ、俺自身もこんなに繁盛するとは思ってなかったさ」
俺がやったのはただ1つのことだけだった。
『殺されると転生できます』
と書いただけで、こんなにも希望者が出るなんて思わなかった。
今日も妹は目をキラつかせた希望者に凶刃を振るった。
「お兄ちゃん! 私、本当にたのしいっ!」
妹のはじける笑顔を見て兄に生まれてよかったなと実感した。
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