第2話 上層からの来訪者


僕の家はコキュウトスの外周スラム、上層門の近くにあった。


僕が生まれて17年。一度も開いた事のない錆びの浮いた堅牢で巨大な4番門を守ることが、門番として生まれた僕の労働であり、義務であり、日課だった。


コキュウトスから出て行く人もいなければ、入ってくる人もいないコキュウトス4番門の正式な門番。


5年経っても門に変化はないし、きっとこれからもないのだろう。


それも当然のことだった。


4番門は上層へ到る4つの門の中で最も過酷な道程だと伝えられている。


手形遺伝子が必須の1番門の往復ですらモンスターに襲われて普通に死者が出る道のり。


高い通行料のかかる代わりに手形遺伝子をもたない者が使える2番門は通過する人の6割が途中で引き返し、2割が死ぬ。残りの1割は上層についてすぐに死に、1割だけが無事に辿りつける。


通行料も手形も要らない3番門を使う人間は殆どいない。

9割が死に1割がなんとか引き返して来るだけだから。


かつて1.2.3全ての門を踏破し"コキュウトスのダンジョンマスター"と呼ばれた男達はみな4番門にチャレンジし、死ぬか、多くは瀕死の状態で逃げ帰ってきたらしい。

そして彼らは「この門だけは決して使うな」と言い残して死んだとの膨大は記録が残っている。


町の中央にそびえ立つソーラーポールから遠く離れた極寒の4番門を何となしに見上げる日常が、かんぬきを掛けたり外したりするだけの日常が、ギギギッと門の軋む音と共に、唐突に終わりを告げた。


僕は僅かに開いた門を呆然と見つめていた。


その隙間から現れたであろう、凍ったコキュウトスの地面に倒れている人に気がついたのは、おそらくかなりの時間が経ってからだった。


通行者のいない門の門番である僕は、門から入ってきた人間への対処方がわからない。


どうしてよいのか全く判断が出来なかった僕は、とりあえず門を閉じてかんぬきをかけ、その来訪者を詰め所まで運ぶ事にした。


×××


普通は装備や戦利品で重くなっているはずの来訪者の体は見た目よりもずっと軽く、それが4番門の旅がいかに過酷なものであったのかを容易に悟らせる。


詰め所の中で傷だらけの防具や鞄を剥ぎとり、いつの物かも判らない古い傷薬などで応急手当てを施してから1時間ほど経った。


彼女が目覚める気配はないが、適当な手当てでも多少なりとも功を奏したようで、真っ青だった顔色に少しずつ赤みが戻ってきているように見えた。


僕はこの仕事についてから初めて仕事をしている実感を抱いて気分が高揚していたのだろう。


「半年で、地上に、出なくては」


彼女のしわがれたか細い声がハッキリと聞き取れた。


「みんな、死ぬ」

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黄昏のコキゥトス〜ダンジョン最下層から目指す地上への道のり〜 OkikO @Ikuko

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