赤信号

 どんなに短い横断歩道でも、歩行者用信号を無視して行く人たちが嫌いで、私はわざとらしく道のど真ん中で信号待ちして、背後から私を追い抜いていく人たちの一人一人に向かって、心の中で罵声と嘲笑を浴びせている。

 彼らはどこまで自覚しているのだろう。それが犯罪行為だということはわかっているだろうか。わかっていないとすれば、それはただの愚かな無知だ。また知っていたとしても、それが黙認されている犯罪だと思い込んでいるか、「他人もやっていることだから」という集団浅慮、または「自分だけは大丈夫」「今回だけは大丈夫」という正常性バイアスに狂わされた衆愚の徒だ。

 かえって私は、殺人なんかの重い罪を犯した人々のほうがまだ同情できるというか、人間らしく感じるというか、赤信号を渡った人たちよりもよっぽどマシに思える時がある。それはきっと、人を殺すことは社会的に罪であるということが自他ともに認められていて、そのうえでその行為に及ぶだけの覚悟だとか情動があったからだと納得できるからだろう。それに比べると、街路を行く人々の半数はほとんど無意識に赤信号を渡るような、社会性を失いかけた愚鈍な者たちに思えるのだ。

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枯葉 笹山 @mihono

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