第43話 絶海の孤島、そして覚醒
その日、夕方になって私は起床した。夢の中で考えつつも不思議な現象を説明する手段は存在するように思えなかった。自室のベッドでぼうっとする頭のまま、しばらくじっとしていた。そういえば、デバイスとPCの電源を切り忘れた、と想い出してディスプレイを見た。
ディスプレイには二つのウィンドウが開いて表示されていた。ウィンドウの上部には、それぞれのデバイスが出す意味も分からない数字が羅列されていた。しかし、私の目に写ったのは、その下にある意味ありげな数列であった。
一つめのデバイスがゼロを吐き出すと、呼応するように二つ目のデバイスが1を吐き出す。延々とそれが続いていた。二つのデバイスが通信していることを示す、単純だが明白な証拠であった。この、遠距離相互作用は確実に起きている。もしかしたら、デバイスがそのことを私に伝えたくてやっているのかもしれない、そう思えさせるものすらある。人間の知識で説明できようが、できまいが量子力学的効果を遠距離に伝える手段がある、とその数列は示していた。
荒井や、坂田社長、取り巻きの人間、あるいはマスコミ、一般市民、私、それを包含した人間関係やカネの存在にかかわらず、何者かの力を得て、この二つのデバイスは連絡を取り合い、何かの話をしている。
これがいわゆるところのテレパシーであろうか? いや、そんな単純なかつオカルトで表現できるような何物でもない、何らかの神の性質をわたしは感じる。わたしはアーサー・C・クラークの小説を想い出した。そこには確か、次のようなことばが書かれていたようにかすかに覚えている。
人間の意識というのは、絶海に浮かんだ孤島のようなものだ。孤島のあいだにはなんの連絡手段もない。しかし、孤島のように見えても海の底で陸地はつながりあっている。海が干上がればそのことは明白になるであろう。お互いの意識は海洋によって隔絶されているように見えて、実はつながっている。世界のあらゆるできごとが宇宙に存在する様々な意識あるものと相互作用しているのである。
すこし考えてみて思った。人間個人は一人ではない、とディスプレイの文字は語っているのではなかろうか。あらゆる意識ある存在はなんらかの関係性を持ちながら、おのおのが自分の意識であると思い込んでいる。しかし、そうではない。人と人、人と生物、あるいは異星の生命体がもしあるのなら、それとさえ通信しているのである。意識、というものが膨大な知識と処理機構、それを統合する装置からなるもの、と考える情報統合理論にもそのことは合致しているかのように思えた。
私は意識というものが何かを探求しつづけてきた。しかし、それはむなしいことであったのかもしれない。
宇宙が存在する限り、なにものか、あるいはなにものでもない何かの力が働き、私たちを動かし、そして私たちもそれらを動かしている。全体としての意識が宇宙を動かし、そしてどこか分からない何かを目指して進んでいるのである。
わたしはデスクの引き出しから睡眠導入剤を一錠取り出し、飲み下した。それが効きだす頃、わたしはPCとデバイスのシャットダウンスイッチを押した。空冷ファンの風を切る音が徐々に消えていき、最後にリレーがきれる小さな音が静かな部屋に反響した。それから、私は灯りを消してベッドで深い眠りに落ち込んでいった。
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武田が熟睡するころ、そのデバイスは目覚めた。デバイスはコンデンサーに残った電力で、電磁リレーを再接続した。電源を得たデバイスは、ネットワークの大増殖を開始した。
それは夜明け前だった。
水素爆弾を搭載した複数の弾道ミサイルは、世界中のネットワークを支配したデバイスにより制御を奪われた。数十ギガトン相当の核物質はかくして、世界各地で核分裂と核融合を引き起こした。
夜明けは来なかった。夜明けを確認するものがいない限りそれは夜明けとは呼べない。しかし、誰かがやがて目覚めるであろう。これまでにない者を待ちながら夜は続いた。
マッチ箱は電気羊の夢を見るか ー電子立国日本、復興への道ー いわのふ @IVANOV
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