第9話 新型ロボット②
次の日の朝。
「静香、行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。気を付けて。」
相変わらず、優しい笑顔で見送ってくれる静香。
「たまには外に出て、買い物でもしてくれば?」
「あら。私が家で、じっとしているタイプだと思ってた?ご心配なく。炎がいない時間は、けっこう外に出て、楽しんでるわよ。」
「そうなんだ。」
「じゃなきゃ、地球だけを見て、一日が終わってしまうわ。」
「そりゃそうだ。」
静香は大人しいだけの、女性ではなかった。
行動力も、持ち合わせていた。
炎は、そんな静香が好きだった。
「今日は、どこへ行く予定?」
「今日は、少し西の方へ、行ってみようかしら。」
「西?」
「あそこはまだ開発途中だから、珍しい石が、たくさん取れるのよ。」
「俺にはただの石にしか、見えないんだけどね。」
玄関を開けた炎は、静香に言った。
「もし、空に月が見えたら、手を振ってみて。」
「月?地球じゃなくて?」
「ああ。月だよ。」
どうして?
月の上に、月があるはずないのに。
「必ずだよ。」
「ええ。」
そう言って、炎は玄関を閉めた。
ロボットの発進場所は、基地の中にあった。
移住の時に、母船になった船。
それをそっくりそのまま、基地に使っていた。
「おはようございます、綾瀬空将。」
「おはよう。」
空軍の将だから、空将。
炎は、周りからそう呼ばれていた。
「本日の見回りは、どなたが?」
「ああ…俺が行く。」
「空将が、ですか?」
炎は、振り返った。
「…おかしいかな。」
「いえ。」
わざわざ、トップが行かなくても。
と、言いたいげな人達。
だが、みんな炎よりも、年上の人ばかりだ。
そんな人達が、移住を成し遂げた綾瀬源一郎の息子というだけで、気を使ってくる。
「変な世の中。」
「はい?」
「あ、いや。こっちの事さ。」
炎は、笑顔を振りまくと、月の新型ロボットに乗った。
「準備はいいですか?」
「ああ、いいよ。」
炎は、操縦席の蓋を閉めると、勢いよく、空へと飛び出して行った。
ルナ・シティから、西へ数キロ。
大気のない月に置いては、太陽の光が紫外線と共に降り注ぎ、宇宙からの暴風を直接受ける。
その為、ルナ・シティからの数百キロは、暴風を避ける為と、生成した空気を逃がさない為の、薄い幕が張られていた。
そんな月では、まだまだ資源が不足している。
石でも代替になる資源を望んでいた。
それを探して研究所へ持っていくのが、月の鉱物研究者・静香の仕事の一つだった。
「ふう~…」
静香は、額から流れる汗を拭いた。
「やっぱり、思ったとおりだわ。」
いつも石を取る事に、夢中になる静香。
その時も、日が傾いている事に、気がつかないでいた。
「もう、こんな時間…」
そう言って、静香が空を、見上げた時だった。
月だ。
炎が言った通り、月の上に、月が浮かんでいるのだ。
「こんな事が起こるなんて。」
目を擦ってもう一度、その月を見た時だった。
その月が、次第に近づいてきた。
「ロボット……?」
その月の正体は、ロボットだった。
静香のいる場所の、近くの空き地へ着いた、ロボットから降りたのは、見慣れた者だった。
「炎!」
「ハハハッ!びっくりしただろ。」
炎は、子供のように面白がっていた。
「月って、このロボットの事だったのね。」
「ああ。これは月の、最新型ロボットだよ。銀色の光を出して動くから、遠くから見ると、月に見えるんだ。」
「確かにそう見えたわ。」
「名前はソーマと言うんだ。うまくいけば、この型のロボットが、大量生産されるってさ。」
静香が、そのロボットに触れた時だ。
『空将、綾瀬空将。応答願います。』
炎は静香の横で、無線に出た。
「はい。綾瀬です。」
『空将、どうかされましたか?』
「いや。どうもしないが?」
『急に進路を変えられますと、皆心配します。早く、お戻り下さい。』
「……分かった。」
炎は無線を切ると、すぐに操縦席へと乗った。
「まるで一日中、監視されてるようだよ。」
「炎…」
炎は、静香の前では、笑顔でいた。
「総帥の息子っていうだけで、大変なものを背負わせられた。」
静香にはその笑顔が、寂しそうな顔に見えた。
「炎。」
静香は手を伸ばすと、炎の頬に触れた。
「あなたは優しい人だけど、決して弱い人間じゃないわ。」
「静香……」
「大丈夫よ、炎なら。」
「ああ。有り難う。」
また空へと戻っていく炎を、静香は手を振って見送った。
静香には、分かっていた。
炎は本当は、争い事など嫌いなんだ。
普通に心穏やかに、時間を過ごして行きたい人なのに。
移住を指揮した、綾瀬源一郎の息子というだけで、この国の為に戦っている。
自分の気持ちを、抑えてまで。
静香は、そんな炎が好きだった。
そんな炎を支えたくて、静香は炎と結婚したのだ。
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