終章

「あまりやり過ぎるなよ」

「なんの話?」

どこかの世界では「主の肉」と呼ばれる食品を、同じく「主の血液」と呼ばれる赤い液体とともに食事を摂りつつ、軽薄な雰囲気を纏った「彼」は聞き返す。

「いろんな世界から人間引っ張って来やがって」

ああその話かと「彼」は思う。

「時にはあちこちまぜこぜにしておかないと技術レベルや倫理観が止まってしまうんだよ」

「今回の目的は?」

「うん、あの世界ね、そろそろ麻酔を導入したほうがいいんじゃないかと思って」

「彼」の向かいに座る役人風の男は沈黙を保つ。

「で、よその世界で一番その辺に詳しそうな人を調べたらどうやら一人やたらと強そうなのがいてね、つい」

「・・・・・・つい?」

「やっちゃった」

まるで悪びれた様子もなく「彼」は言い放つ。

「簡単な話なんだよ。恐怖に打ち勝ち、魔王を封じ込める。そのためには麻酔が必要なので合成しましょう、というだけなんだから」

「主の肉」を「彼」は1かじりする。


「でもちょっと失敗だったなあ。麻酔の合成はもう少し早目に、それこそもっと専門家を連れて来れば良かったよ」

「純度の高い情報をそれとなく聖職者に啓示するという方法は無かったのかよ」

「いやあ、アレ匙加減が難しいんだよね。下手に教えすぎたら文化水準が飛躍しすぎるし、かといって抑えたらちゃんと伝わんないし」

「主の肉」を千切りながら、役人風の男は話を続ける。

「監視がてらによく降りてるんだから、その時に何か紙に書いておくとかだな」

「いや、だって翻訳めんどいじゃん」

「・・・・・・そんな理由で?」

「うん、そんな理由」

役人風の男が「彼」にかなり侮蔑を込めた視線を送るが、「彼」はどこ吹く風、という様子で「主の肉」をかじる。

「でも絶望視してたけど、あの世界何とかなるかも。最初は倫理観は古来から不変なのに技術レベルだけ上がって来てて、高度なおもちゃをもらった子供みたいになってると思ってたんだよね」

「主の血液」を「彼」は注ぐ。

グラスをゆらゆらと揺らし、「彼」は香りを堪能する。


「まあ話は変わって、彼には悪いことしちゃったし、今度はまっさらな状態でどこかの世界の人間様に生まれてもらおうか」

「・・・・・・神も仏もいやしないのかね」

「一番近しいところにいる君が何を言ってるんだい?」

「彼」はけらけらと笑う。

「人の人生で遊んで何が楽しいんだか・・・・・・」

「分かってるって、自重するよ。・・・・・・お、元いた世界のここなんかいいんじゃない?農民出身の指導者の指揮の下、独立を勝ち取った元植民地だって。頭のいい彼にはぴったりじゃない?」

言うと「彼」は「主の血液」を一息に飲み干した。

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小麦の市民 野方幸作 @jo3sna

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