6番線 山陽本線*岩国行

いよいよ本州に降り立った私は、次の岩国行きの電車を探した。

岩国行きの電車は、丸みを帯びた可愛い黄色の車体だった。菜の花畑や桜並木を走ったら絵になりそうだ。鉄道オタクでもないのに、あまりの車体の可愛さに、私は前から横から後ろから、シャッターを押しまくった。カメラのメモリーを黄色でいっぱいにして、満足してから車両に乗り込んだ。


驚いたのが、車両のドア付近にはボタンがついており、停車中はドアの開閉が自由にできる。冷暖房を逃さない為にこのような作りになっているのだろう。このタイプの電車は九州では見たことがなく勝手が分からなかった。人が出入りする度にプシュー、プシュー、と音がする。はじめての感じだ。異国の地に来たみたいな気分だった。物珍しくて人の流れを眺めていると、後ろから怒声が聞こえた。


「ちょっとあんたね!開けたら閉めんのよ!」


驚いて後ろを見ると、同じ18きっぱーと思われるバックパックを背負った青年がおばさんに叱られていた。なるほど開けっぱなしは良くないんだな、ちゃんと閉めようと思いながら聞き耳を立てていたが怒声はしばらく続いた。話を聞く限り、どうもおばさんは18きっぱーを毛嫌いしているふうだった。


毎年春、夏、冬と大荷物をもった集団が車内を占領するのをよく思わない地元の電車利用者はもちろんいるだろう。郷に入れば郷に従う。荷物は邪魔にならないように棚に上げ、混雑している場合はなるべく席を譲る。18きっぷを利用するにあたって最低限必要なマナーだと思った。私は少し背筋を伸ばした。



電車は次の街へと走り出した。

次に目指すのは山口県の最東端、岩国。距離にして35駅、時間にして3時間とちょっと。岩国に何があるのかはひとつも知らない。岩の国。言葉のならびが綺麗で、とても好みだ。きっと名前の通りすてきな街なんだろう。想像をして、心がはずんだ。


ここから先は、いよいよ本当に知らない世界だ。知らない高校の制服、聞き慣れない駅名のアナウンス、見慣れない東洋カープの広告、全てが新しく、きらきらと私のひとみに映った。


知らない人たちの日常の会話に耳をすませる。朝の通学、通勤時間ほど日常的な風景はない。もし私がこの街に生まれていたら、この電車に揺られて、この人たちとこうやって笑いあいながら生きていたのかもしれない。想像した。自分の別の人生を。自分が自分以外の誰かになって、名前も知らない人たちと笑いあっている姿を。誰かの日常をのぞき見することは、小説を読むより、映画を見るより、ずっとリアルで、どきどきして、きらきらしていた。


朝焼けが、やけにまぶしく光った。

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【実録】どこへでもいける切符【電車旅】 春川もここ @mococo25

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