5番線 潜れ、関門トンネル!

今度は間違いなく小倉駅で無事下車することに成功した。

北九州市は福岡の中でも大きな都市であり、小倉駅はそこそこに賑わっていた。改札内だというのに立ち食いうどん屋さんや売店があるほどだ。6:00を過ぎ、通勤、通学をする人がまばらに出てきた頃だった。


エスカレーターを下り、3番線に向かうと、下関行の電車はとうにホームにに停車していた。

下関行の電車は、白い車体に青のダサいラインが入っていて、いかにも田舎を走りそうな古びた装いの列車である。座席の色は趣味の悪い青紫色で、これまたダサい模様が施されている(鉄道ファンの皆様ごめんなさい)座り心地は高反発のソファのようだった。

この妙な座り心地、初めての場所のはずなのに、なぜか懐かしかった。それもそのはず、高校時代に乗っていた香椎線の列車と同じ車体なのだ。天井には錆びた扇風機がいくつか設置されており、壁にある赤と黒のスイッチを押すと電源が入り作動する。高校時代、弓道部だった私は、よく長い弓をこの扇風機に巻き込んでしまって周囲の注目を浴びたものだった。


ボックス席に腰を下ろすと電車はすぐに出発した。

門司駅に着いた頃だったか、ガシャンという大きな音と共に車内の電気が消えた。停電かと思ったがすぐに私は察した。誰かのハッピーバースデーサプライズだ。しかし一向に陽気な歌やバースデーケーキが出てくる様子はない。

なるほど、鯛やヒラメの舞い踊る海中で、ライトを点けては魚がびっくりしてしまう。これは関門トンネルを潜る為の準備なわけだ。


ひとりで考察をしている間に、車内の照明は復旧し、すぐに電車は走り出した。結局あれはなんだったのか。


ともあれ、いよいよ関門トンネルを潜る。私の胸は高鳴った。海底にはどんな景色が広がっているのか。車窓はいっきに真っ暗になり、トンネルに突入したことを予感させた。

しかしどうしたことか、走れど走れど、青い海、鯛やヒラメは現れず、真っ暗なトンネルが続くだけだった。私は窓にかじりついて行先の向こう側を凝視した。

電車はあっという間にトンネルを抜け、車窓には朝焼けがまぶしく反射する街並みが広がった。


電車から降りる準備をする人々を見て悟った。もうここは、山口県だ。

思い描いたようなファンタジックな県越えはそこにはなかった。それどころか高校時代が蘇るような、車内だった。ある意味、18歳になった気分だ。しかしこれもまた旅の一興。


そういえば福岡を出たあたりで一報入れるようにと母に言われていた。

複雑な気持ちを抑えながら、母に一言だけメールを送った。

「鯛やヒラメは舞い踊ってなどいなかった」と。

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