第28話 犬神憑きの彼女は、それでもかわいい。

 今日は、陸上競技会だ。

 捻挫をしてしまった悠斗は、もちろん欠場だけれど、陸上部の一員として、応援には行くというので、和花名もそれに同行して来た。


 悠斗の怪我は、犬神に掴まれた足に穢れが残っていたせいだったのだという。

 お前のせいじゃないからと、悠斗はそう言うけれど、その事を知った和花名としては、やはり責任を感じる。悠斗は、記録が期待されていたのだと聞けば、尚更だ。せめて、足が不自由な悠斗の為に、荷物持ち位はさせて貰おうと思ったのだ。


 それでも、梅雨の晴れ間で、天気に恵まれたお陰で、こうして眺めのいい観覧席に座っているのも、気持ちがいい。紫外線はちょっぴり気になる所だけど。


「何だよ犬神ー、お前、欠場なのかよ」

 他校の生徒が、グラウンドから悠斗を見つけて、わざわざ声を掛けに来た。悠斗は、愛想笑いをしながら、軽く手を振る。

「知ってる人?」

「ああ、競技会とか来てるとな。何となく顔馴染みになるっていうか、そんな感じ?」

「ふうん。そっか……」

「何?」

「やっぱり、悠斗は期待されてたんだなーと思ってさ。なんかごめんね。私のせいで」

 自分が犬神の件に巻き込んだせいで、という思いは拭いようがない。すると、頭にコツリとこぶしを落とされた。

「その話は、もうついただろうが。それに、俺は、自分のやりたいようにしただけだから」

「でもさー」

 それでも不満げに口を尖らせる和花名に、悠斗がふっと笑い、そして言った。


「そのお陰で、今、お前が隣にいるんだから……」

 ふと、悠斗が真面目な顔になる。

「悠斗……?」

「それはそれで、ありっていうか……」

 目を合わせたまま、ゆっくりと悠斗の顔が近づいてくる。これまでにない至近距離に、和花名はどうしていいか分からず、思わず目を閉じた。


 もふっ。


 唇に馴染みのあるもふもふ感が来た。

「ん?」

 目を開くと、目の前には――

「ゆ、悠希?」

 二人の間に、もふっと割り込んだのは、犬神の大きな顔だった。


「和っ花名~おばさんが、追加で唐揚げ作ったから持ってって~って。だから、届けに来たよ~」

「あ、ありがとう、悠希」

 犬神の顔の向こう側では、悠斗がふてくされた顔をしていて、和花名は思わず苦笑いする。

「お前……犬はここ入場禁止だぞ」

「犬じゃないし、犬神だしー」

 そう言いながら、悠希は犬神の姿から人の姿に変化へんげしていく。


(邪魔すんじゃねーよ、この駄犬神)

(抜け駆けしてんじゃねーわ、このクソ兄貴)


 そんな水面下の兄弟ゲンカに、和花名は気づいていない。


「丁度お昼だし、お弁当にしようか?ね?」

「お、おう。そうだな」


 悠斗がそう応じると、広げられたランチョンマットの上に、和花名お手製のお弁当が次々に並べられていく。何というか、これだって、怪我の功名というヤツだろう。


――ああ、至福(感涙)


「わーい、かっらあげ♪かっらあげ♪」


――ま、うるさい犬ももれなく付いてくるけどな。


「うまそうだな」

「あ、これ、半分はお母さんに手伝ってもらってるからね」

 和花名が照れながら、どこか申し訳なさそうにわざわざそんな断りを入れてくる。


――かわっ……いい。


 そんな不意打ちに気を取られて、つい言葉のチョイスを間違える。

「大丈夫、分かってる……」

「……そう?」

 慌てて見た彼女の顔は、思い切り作り笑顔でって。

「あ、今のはそういう意味じゃ、なくてで……ちゃんとオイシイから、大丈夫……って」


――いや、俺、それも何か違っ。


「じゃなくて……ええと……ありがとう。こんなに沢山、大変だっただろう……」 

 そう言うと、和花名は自然な笑顔を見せる。


――よーし、軌道修正っ。


「えへへ。お陰様で、おにぎりの握り方はマスターしたわよ」

「ああ、これ、旨いぞ。塩加減とか絶妙で……」

「あ、そのタラコの奴は、俺が握った奴だから、心して食って?」


――畜生、トラップかよ。


「あ、ちなみに私のは、こっちの列の一回り小さい奴デス」

 すかさずそっちも手に取ったのは言わずもがなだ。

「悠希も一緒に、わいわい言いながら作ったから、そんなに大変でもなかったわよ?」


「ねーー?」

「ねーー?」


「まあ、何だ……」


――この幼馴染は、変な犬がくっついていても、ちゃんとかわいい……


「どっちも旨いよ」


 この半年、本当に色々あったけれど。

 こんな気持ちのいい青空の下。

 こんな風に彼女と向かい合ってお弁当を広げているなんて。


――人生は上々だ。



【 女王様の犬のストイックな純情 完 】

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女王様の犬のストイックな純情 抹茶かりんと @karintobooks

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