後編「アイドル誕生」

 2人の少女が宙を舞う。


 ふりふりのピンクのミニスカート、しましまのニーハイ、大きなツインテール。

 山吹色のひまわりのようなオプション『タイミー』を数個引き連れ、それぞれからエネルギー弾を途切れることなく打ち続け、1人目の少女『長町ながまちあさひ』は縦横無尽に空を駆けた。

 巨大な飛行物体から打ち出される極細のレーザーをすれすれで躱し、その艶やかな赤と青の本体にエネルギーを打ち込む。

 その間にも、ダンスのようなステップを見せたり、書き込みのあった質問に答えたりと、ファンに対するサービスも怠らない。

 それに答える様に、彼女のエネルギーの源である『イイネ』の数もうなぎ上りに上がっていた。


 そして、彼女を援護するように、直線的な動きで周囲をどぎゅん、どぎゅんと飛び回っているのが、2人目の少女『名掛なかけまひる』。

 膝上20センチの超ミニエプロンドレスにパンツのようなドロワーズ。首には白い犬の首輪のようなチョーカーを着けた彼女は、まだ自分自身を制御しきれずにあっちこっちへ吹き飛ぶ。

 それでもかすり傷程度の怪我しかせずに、巨大飛行物体のレーザーを拡散させる役には立っていた。


「まひるって言ったっけ?」


「ハイ!」


「これ以上時間かかると不忘山わすれずのやま支部に突っ込まれちゃうわ! 正面コアに火力集中して!」


「ハ……ハイ! あさひちゃん!」


 バカ正直に……とでも言おうか。

 あさひの指示に従って、まひるはどぎゅん! と、飛行物体の正面に停止する。


「行きます!」


 彼女の視界の隅で有効化アクティベイトされている『オプション:ハイパーレーザー』と言う見るからに強そうな攻撃を選択して、彼女は全神経を攻撃に集中した。

 しかし、そんな隙を見逃してくれるような敵ではない。

 動きの止まったまひるに向かって、飛行物体から発せられる細いレーザーが一斉に放たれた。


「きゃああぁぁぁ!」


「バカぁ! なにやってんのよ!」


 まひるに向かってあさひは叫び、『ボム:ニュークリア』を選択する。

 周囲100メートルほどの弾幕がすべて消され、次のレーザーが放たれるまでの隙に、あさひはまひるの体を抱きかかえ、上空に退避した。


『サービスタイムぅぅおぉぉぉぉ!!!』     『露骨なサービスwww』    『だがそれが良い!!!』

      『まひるちゃんどじっ娘www』  『14歳にしてこの発育!』   『ハァハァハァ……』

 『あさひちゃんかわいすぎだろ!』          『まひるたんハァハァ』    『うぉぉぉぉ!』


 服が破れ、肌を露出したまひるの『イイネ』が爆発的に上昇する。

 あさひに抱きかかえられたまま、まひるは『イイネ』を千ポイント消費して、一度の戦闘で一回しか使用できない『非常回復』を選択した。

 ディメンジョンシフトした半思念体であるまひるの傷が、半分ほど回復する。しかし、思念で構成されているわけでは無い衣服は回復してはくれないようだった。


「大丈夫?! あれ? あなたさっきの?」


「ハイ! ありがとうございます。すみません!」


「……まぁいいわ。話は後。ボムは何個チャージされてる?」


「えっと……3個だと思います」


「上等よ! 正面に回って、さっきと同じように攻撃! 相手のレーザーが当たりそうになったらボムで消す! 分かった?!」


「ハイ!」


 上空で留まる彼女たちへ向けて、敵のレーザーが撃ち込まれ、それを躱すように2人は反対方向へと飛んだ。

 直線と曲線、動きは違うが攻撃を避けて一度は遠くへ離れる。

 そこからタイミングを合わせて、敵飛行物体の正面に同時に相対した。


「みんなー! 応援おねがーい!」

「おねがいします!」


『支援!』 『支援!』『支援!』     『支援!』   『支援!』 『イイネ!』  『支援!』

 『支援!』 『イイネ!』  『支援』     『支援』   『イイネ!』  『しえん』

『イイネ』   『支援!』 『支援!』 『しえn』『イイネ!』  『支援!』


 画面に支援の文字が弾幕のように流れ、2人のイイネが爆発的に上昇する。

 新たに有効化アクティベイトされた『オプション:ハイメガ粒子砲』を選択したまひると、『オプション:ホーミングガトリング』を選択したあさひの攻撃が、赤と青に塗り分けられた巨大な飛行物体の正面に、同時にたたき込まれた。


 ばばばばばば。


 激しく赤く明滅し、飛行物体にダメージを与えているのが分かる。

 その間にも反撃のレーザーが彼女たちを襲い、それをまひるの『ボム:スマート』がさく裂して、三度みたび消し去った。


 まひるのボムが底をついた後も、あさひの『ボム:ニュークリア』が相手にダメージも与えつつ、周囲の敵弾も消し去る。

 しかし、そのボムも、ついに底をついた。


「うっそ……! マジ? 足りない? もうちょっとなのに!」


『いかん、あさひ、まひる。退避しろ!』


 小町の声がヘッドセットに響くが、あさひは引かない。

 戦いの機微が良くわからないまひるも、あさひが動かない以上、逃げるわけには行かなかった。


「こまっちゃん、ダメよ。ここで引いたら不忘山わすれずのやま支部がやられちゃう。『思念資源アカシック・レコード』が持っていかれちゃうわ」


『仕方あるまい』


「だめよ! もうちょっとなんだから! あたしの復帰ライヴ! 絶対成功させてみせる!」


初陣ういじんの研修生も一緒なのだぞ!』


「……っごめん! でも今日だけは!」


「私なら大丈夫です! あさひちゃん! 絶対成功させましょう!」


 思わず、音声の切り替えを忘れてしまったまひるのミスで、バックステージとの会話が周囲のスマホアプリに載る。

 あさひの復帰ライヴに賭ける想いを聞いたファンたちは、その思いのたけを『イイネ』で表した。


 『あさひちゃぁぁぁぁん!!!』     『俺も成功させたい!』 『あっちゃぁぁぁん!!!』

   『絶対成功させよう!』    『あっちゃん! まひるたん!』   『がんばえ~!』

『イイネ!!!!!!!』           『支援!』  『しえん!』    『イイネ!!!!』


 あさひのブレスレット、そしてまひるのチョーカー。

 2人の『銀の靴』から大量のエネルギーが一気に流れ込み、同時に『デュアルブラスト:エッジワース・カイパーシュート』の文字が虹色に明滅した。


「まひる!」

「え? あ、ハイ!」


 指が絡められ、並んだ2人はしっかりと手をつなぐ。

 そこに集中して撃ち込まれた敵のレーザーが届くより早く、2人は声を合わせて叫んだ。


「「デュアルブラスト!!」」


 2人の周囲に完全な球体の空間が展開される。

 その瞬間、小町によってBGMは、今日この後発表される予定の、あさひのソロデビュー曲に替わった。


 大きく広がる宇宙空間に沢山の星が天の川のように煌めく。

 2人を襲った敵のレーザーは、その宇宙空間に吸い込まれて消えた。


『新曲?!』 『あさひちゃんの歌だ!』    『うぉぉぉぉぉ!』       『デュアルブラスト……だと?!』

  『あさひちゃんのデュアルブラスト初めて見た!』   『まひるちゃんスゲー!!』

 『あさひちゃん可愛すぎか!!!』    『まひるちゃん研修生デビュー初日にデュアルブラスト伝説www』


 イイネはその後も上昇を続け、それに合わせる様に宇宙空間の星々の輝きも増す。

 ついにそれは2人の周囲をぐるぐると回るベルトのようになり、同時に、あさひの新曲もサビに入った。


「行くよ!」

「ハイ!」


「「エッジワース・カイパーシュート!!!」」


 指を絡めて繋がれた2人の手が指し示す先、赤と青に鮮やかに塗られた飛行物体へ向けて、周囲をぐるぐると回っていた星々が一気になだれ込む。

 1つ、2つ、3つ……最初の数個は、まるで空間ごと飛行物体を削るように吹き飛ばす。

 しかし、何百何千と言う星々の輝きは、そのほとんどが既に何もなくなった空間を花火のように通り過ぎるだけに終わった。


「す……っごい。攻撃力……破壊力……高すぎ」


「すごい……すごいです! あさひちゃん!」


 収縮し、消えた宇宙空間のあった場所に『長町ながまちあさひソロデビューSingle ”メリー・メリー・デビル” Comming Very Soon!』の宣伝が浮かび上がる。


 一瞬静寂に包まれた蔵王の山の中腹に、歓声と拍手が沸き起こった。


  『888888888』  『あさひちゃん乙~!』    『新曲キタコレ!』  『888888888888』

   『88888888888888』     『あさひちゃんかわいすぎだろ!』

 『8888888888888888』  『まひるちゃん推せる!』 『乙乙~!』  『まひるちゃんのデビュー曲マダー?』


 次々と流れる弾幕。

 呆然としていたあさひはすぐに気を取り直して、小町にカメラを要求した。


 ふわふわと、ゆっくり2人でトレーラーのステージに降り、その様子がドローンで360度撮影される。

 微笑みを湛え、宙を舞うその姿は、まさに天使のようなと言う形容詞がぴったりと言えた。


「……みんなー! 今日はあさひの復帰ライヴに来てくれて、ほんとにありがとー!」


 あさひのマイクパフォーマンスに、百人程度のライヴ参加者と、何千人かの『ドロシー』アプリ参加者から歓声が上がる。

 彼女の名前を何度も叫ぶその声の中に、『まひる』の名前を呼ぶ何割かのファンの声を、まひるは夢見るような気持ちで聞いていた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「まずは、復帰ライヴ、大成功おめでとう」


 仙台市内の小さな事務所で、缶ジュースで乾杯の音頭をとる国分こくぶ 小町こまちから渡された名刺には『プロダクション ZUN-DA 社長 国分小町』と書かれていた。

 その下には『独立行政法人「ウィザード・オブ・オズ」宮城県「不忘山わすれずのやま支部(蔵王支部)」所属』と長い説明が刷ってある。

 まひるは憧れのアイドルとリンゴジュースの缶をぶつけ合って、ふわふわした気持ちのままそれをちょっとだけ飲んだ。


「まったく、初日でデュアルブラストまでこなすとはね~。こまっちゃん、この娘、掘り出し物よ」


「それなんだが、まひるくん。キミは本当にどこの事務所にも所属していないのかい?」


 まひるが遅刻してきた研修生だと言う誤解はすぐに解けた。

 ただのファンで、今までディメンジョンシフト・トレーニングすら受けたことがない、ぴちぴちの一般人だと言うのも理解してもらえた。


 しかし、それでも、そんなまひるがいきなりディメンジョンシフトに成功し、あまつさえデュアルブラストまでやってしまったと言う現実は、小町には信じられなかった。


「ちょうどいいじゃん。まひる、あなたズンダに所属しちゃいなさいよ。私の後輩として面倒見てあげる」


「ずんだ?」


「ウチの事務所よ。名刺見たでしょ? プロダクションZUN-DA」


 缶ジュースを口に咥えたまま、あさひはまひるの手の中の名刺を指さす。


「ちょっと待てあさひ。未成年は両親の同意がなければ登録することは出来ない。それに何より、本人の気持ちが大事だ」


「そりゃあそうだけどさぁ」


「あ、あのっ!」


 あこがれのあさひちゃんと一緒に、憧れのご当地防衛アイドルになれる。

 お母さんは無理だって反対するかもしれないけど、どうしてもやってみたい。


「私っ……あさひちゃんと一緒なら、あの……アイドルに……」


 勇気を振り絞り、まひるは決心を伝える。

 人見知りで赤面症の彼女が、この後、ご当地防衛アイドル界に旋風を巻き起こすことになるのだが……。


 それは次回の講釈。



――了

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ご当地防衛アイドル☆ドロシードールズ 寝る犬 @neru-inu

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