中編「まひるちゃん急遽デビュー」

 長町ながまちあさひは『ご当地防衛アイドル』である。


 偶然見つかった『オズ』と言う名前の超古代文明の遺跡で発見された、夢の無限エネルギー『思念資源アカシック・レコード』。

 それは何故か世界中の埋蔵量のほとんど全てが日本の霊峰に存在していた。

 一気にエネルギー大国となった日本は、世界各国から『世界人類の思念の結晶である思念資源の分配』を求められるが、それを拒否する。

 数年後、エネルギーの輸出による資金や発言力と引き換えに、国際的な孤立を招いた日本に向かって、ついに実力行使する国が現れた。


 しかし、それは既存の軍事侵攻ではない。

 世界各国で次々に発見された『オズ』の遺跡の記録を解析し、各国が作り出した『ウィザード』と呼ばれる思念エネルギー体による攻撃だった。

 現代の我々とは僅かに違う次元にディメンジョンシフトした思念体であるその兵器は、人を傷つけることも、設備や自然を破壊することも無く、基本的にはただ思念資源のみを奪う。


 そのため、その行動は『攻撃』であると国際法では認められず、『専守防衛』のみが許されている日本の自衛隊は、領土への不法侵入に対して警告を行うことは出来ても、反撃を行うことは出来なかった。


 そこに現れたのが『ご当地防衛アイドル』を擁する、『ウィザード・オブ・オズ』と言う名の独立行政法人である。

 彼らは遺跡から発掘された『銀の靴』と呼ばれるオーパーツを元に、敵国の兵器とは別の技術により、人間に思念エネルギーを装填する『ドロシーシステム』を作り上げたのだった。


 同じ遺跡から発見されたエーテル通信理論により構築されたネットワークに、人の様々な想いや簡易的な思念資源とも呼べる思念エネルギーの塊『イイネ』を乗せ、潜在的なESP能力を持った人間を強化し、ディメンジョンシフトさせることが出来る。


 その力で日本の資源を守るアイドルが『ご当地防衛アイドル』だった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「きゃあああ~!」


 何本もの細いレーザーに焼かれたあさひは、直下であさひのライヴを見ていたまひるに突っ込んだ。

 もちろん、ディメンジョンシフトしているあさひがぶつかっても、まひるは尻餅をつく程度のダメージしか受けない。

 それでも、目の前で服を焼かれ、肌を焦がすあさひを見て、まひるは子供のころにジャングルジムから落ちた時以上の衝撃を感じていた。


「あさひちゃん! 大丈夫?!」


「ごっ……めん、あなたこそ大丈夫?!」


 すぐに立ち上がり、『オプション:フォースフィールド』を選択する。

 キラキラ輝く星形のブロックが衛星の様にあさひの周囲を回り、もう一度打ち込まれたレーザーを弾き返した。


 反撃をしないあさひに興味を失ったように、巨大な飛行物体は『思念資源アカシック・レコード』の採取施設でもある『ウィザード・オブ・オズ 不忘山わすれずのやま支部』へと向かう。

 それを悔しそうに見ていたあさひが、がっくりと膝をついた。

 スマホの画面に、あさひが四方八方から撮影された姿が映し出される。


 所々やぶれた衣装がアップになり、そのたびに『イイネ』の数は跳ね上がった。


『見える……私にも見えるぞ!』   『拡大!』 『キターーーーー!!』       『うほっ! 肌色成分!』

   『kkdi』      『うぉぉぉぉぉ!!!! あさひーーーーー!!!』   『拡大!』    『正直これを待っていた』

  『あさひちゃんかわいすぎだろ!』  『拡大!』『拡大!』  『拡大!』   『拡大!』 『kkdi』


 増え続ける『イイネ』の値をちらりと見て、あさひはヘッドセットの切り替えスイッチを『オフレコ』に変更する。

 ドローンは彼女の顔を映さない位置に移動し、結果としてローアングルの映像は、また『イイネ』を増やした。


「こまっちゃん! だめよあれ。一人じゃ無理だって。今日はゲスト居ないの?」


『研修生が一人来ることになっていたのだが、今のところ連絡も無く遅刻している』


 ヘッドセットから漏れる声は、少し冷たくすら感じられる事務的な女性の物だった。

 小さく「ちっ」と舌打ちをしたあさひは、目の前で彼女を見つめているまひるに気づいてはっと口を押える。


 きょろきょろと辺りを見回してまひるに顔を近づけ、あさひはにっこりと微笑んだ。


「あなた、あさひのファン?」


「はっはい」


「うん、今の、見なかったことにしてね。あさひのお願い」


「あっ、はい。もちろんです」


「いい子ね。お礼にあさひのサイン入りグッズをあげるわ。あのトレーラーにこまっちゃんが居るから、もらってきなさい」


「え? ……こま……?」


「よぉし! ……休憩おしまい! いっくよぉ!」


 ヘッドセットを『LIVE』に変更。

 あさひはぐるぐると旋回して舞い上がる。


 スマホに連続で流れる 『オプション:タイミー』『オプション:タイミー』『オプション:タイミー』『オプション:タイミー』の文字。

 そこから畳み掛ける様に『オプション:ホーミングミサイル』さらに『オプション:デュアルウィング』のピンク色。


 体の周囲に5体のひまわりの花のような黄色いボールを浮かばせ、それぞれから四方八方にエネルギー弾を撃つ。

 自らは7つのエネルギー弾を滝の様に放出し、ポンポンと直径20センチほどもある銀色の実態弾をも煙と共に飛ばしながら、今までの倍のサイズはあるシャープなデザインの翼をはためかせて、あさひは矢のように飛行物体を追った。


 どぉっと湧く周囲の人たちから一人ぽつんと取り残されて、まひるはドキドキと高鳴る胸を押さえる。

 あの憧れのアイドルと、直接会話したのだ。

 少しボーっとする彼女に、深雪が駆け寄った。


「まるちゃんっ! 大丈夫だった?!」


「……みゆっち! あさひちゃんと直接しゃべっちゃった!」


「大丈夫みたいね。って言うか、いいなぁ」


「あ、私あのトレーラーに行って、小松さん? って言う人からあさひちゃんグッズもらってくる」


「どゆことっ?!」


「あさひちゃんと約束したんだ! みゆっちはここで待ってて!」


 天にも昇るような気持ちで、まひるはトレーラーへと向かう。

 深雪は「いいなぁ~っ」と言いながら、何度も『イイネ』ボタンを連打していた。



 周囲の人々が熱狂し、上空を見つめている中、まひるは「ごうんごうん」と唸りを上げるトレーラーに近づいた。

 トレーラーの荷台、バックステージに人影が見える。

 腰までの長い銀髪のその女性は、数台のドローンを自在に操り、スイッチングもBGMも同時にこなし、さらにあさひへの細かい指示までも行っていた。


「あ、あの、すみません、小松さんですか?」


 普段ならそんな忙しそうな人に話しかけたりは絶対にしないまひるだったが、今はあさひと直接会話をしたことでテンションが上がっていた。

 小町はモニターから目も離さずに、まひるの疑問に答える。


「ん? ああ、ずいぶん訛っているなキミは。そうだ、私が小町だ」


「えっと、あの、お忙しいところ――」


「遅刻の言い訳はしなくていい。衣装はそこだ。早く着替えてあさひの援護に行ってくれたまえ」


「え?」


「何をぐずぐずしている! キミの活躍にあさひの復活ライヴの成功がかかっているんだぞ!」


「あっはい!」


 迫力に押し切られ、思わず返事を返したまひるは、小町に指差されたフィッティングルームのような小さな部屋へと駆け込む。


(え? え? なんで? ……えっと、とにかく着替え、着替え)


 カーテンをサッと閉めて、周りを見渡す。そこにある小さな棚に置かれていたのは、おとぎ話に出てくるような、可愛らしいエプロンドレスだった。

 服を脱いで、大急ぎでそのポップな色の衣装に着替える。

 童話に出てくる女の子のようなエプロンドレスを想像していたまひるは、想像もしていなかった膝上20センチのミニスカートに「えぇ~?!」と悲鳴を上げた。


「どうした?!」


 部屋の向こうから小町の声がかかる。

 カーテンの隙間から真っ赤になった顔を出しながら、まひるは「こっこれ! おしり見えちゃいますけど!」とスカートの裾を押さえた。


「いいじゃないか! 私がドローンできれいに撮影してあげよう! 『イイネ』も増えるぞ!」


「い……いやです!」


「……面倒だなキミは。じゃあその辺にあるアンダースコートでも適当にはきたまえ。あと20秒でカットイン入れるぞ!」


(カットインってなに~? 20秒ってなにが~?)


 とにかくあと20秒で何かが始まる。

 まひるは一番近くにあったホットパンツのような短さのドロワーズをとにかく身に着けた。


 ひょいっとまひるへ顔を向けた小町が、とりあえず着替えがおわったのを確認する。


「ヘッドセットと『銀の靴』も忘れるな。あと10秒、カウントダウン開始」


 小さな机に置いてある、真っ白で星の飾りのついたヘッドセットをあわてて装着する。

 銀の靴を探したが見当たらず、その横にあった犬の首輪のようなものを持ち上げると、そこにぶら下がっている赤い宝石には銀色のハイヒールのような模様が浮かんでいた。


(銀の靴ってこれかな)


「サン!」


「ニー!」


「イチ!」


 カウントダウンの声に合わせて、レザー製の白い首輪をぱちんとはめる。


 ヘッドセットから直接視界に表示される文字がゼロを指し示すと同時に、あさひがステージに現れた時と同じ花火やレーザー光線が、どっぱぁぁぁん!!! と大きな音を立てた。


 飛行物体と戦うあさひの姿が映し出されていたスマホの画面に、稲妻のようなラインが入り、そこにまひるの背中が映し出される。

 その映像は、まひるの視界にも同じように表示されていた。


(え? 私?)


 ドローンの一台が、まひるの足元を霞めて前へ回る。

 すぐにあさひの映像に戻った画面に再びラインが光り、まひるの足元からニーハイをなめる様に、短いスカートの中のドロワーズを映した。


『よし、自己紹介だ! 派手にやりたまえ』


 ヘッドセットから小町の指示が流れる。


(え? え? 自己紹介?)


 ザン、ザン、ザザン!

 3本のラインが画面を横切り、今や画面には目を丸くしたまひるの顔だけが大写しになっていた。


「あ、えっと……名掛なかけまひるです! 14歳です! あさひちゃんのファンです! よろしくお願いします」


  『誰www』         『噂の研修生?』    『14歳!!!』   『さっきあーちゃんと話してた娘だろ!』

 『俺もあさひちゃんのファンだぁぁぁぁぁぁ!!!』 『カメラ! いいからあさひちゃんを映せ!』  『まひるちゃん推せる!』

   『おぱんつマダー?』   『結構好き!』     『初々しいじゃん!』           『意外とかわいい!』


 まひるの挨拶に様々な弾幕が流れる。あさひの活躍で温まっていた人たちのおかげで、イイネカウンターは一気に100を超えた。

 『イイネ』の数値が増えるのに合わせて、首の『銀の靴』からまひるの体にエネルギーが流れ込む。

 世界がブレるような振動と共に虹色の光が彼女を包み、かかとの低い靴の外側に真っ白な翼が広がると、まひるは自分の体がふわりと浮かぶのを感じた。


『あさひ、研修生が間に合った。今から向かわせる』


『おっそい! あとで説教だからね!』


 小町とあさひのそんな会話がヘッドセットから聞こえ、まひるは自分の置かれたこの不条理な状況を理解した。

 もうこうなったらやるしかない。

 胸の前で両手を握り、小さく「うんっ」と頷いた彼女はくうを蹴り、大空へと舞い上がった。


『研修生の! とりあえずオートで良いから援護して!』


『はいっ! あさひちゃん!』


『ん? どこかで聞いたことある声……』


 あさひの指示に従い、まひるは『通常弾:AUTO』を選択する。

 その瞬間、彼女の両肩辺りから、長さ20センチほどのエネルギーのがぱらぱらと湧きだし、一度落ちてゆくかと見せて、敵へと吸い込まれるように打ち出されていった。


「まひる! いきまぁ~すっ!」


 どぎゅん、と。

 そんな擬音を響かせて、まひるの初めての戦いは始まった。

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