ご当地防衛アイドル☆ドロシードールズ

寝る犬

前編「あさひちゃん復活ライヴ」

 宮城県みやぎけん刈田郡かったぐん蔵王町ざおうまち


 冬には雪のために封鎖される道にディーゼルエンジンの音が響き、紅白に塗られたバスが雲海を抜けて姿を現す。

 蔵王エコーラインの中間地点でバスから降りた中学生の女の子2人が、「よいしょ」と小さなバッグを背負いなおした。

 古い観光地である。いつもならばこの登山道には家族連れやツアー客程度しか居ない。

 しかし今日は、なぜか少女たちとさして年齢の変わらない若者が何十人と見受けられた。


「……みゆっち、ほんとにここでライヴなんてあるの?」


 少女の一人、名掛なかけまひるがいぶかしげに周囲を見回す。

 細くて舗装もされてい無いような登山道と、小規模な道の駅のようなレストハウスしかないこんな場所で、今からアイドルのライヴが行われるとは、まったく想像もできない様子だった。

 みゆっちこと晩翠ばんすい深雪みゆきは「ふっふっふ~」と得意げに無い胸を張る。


「みゆっち情報は完璧だよっ! 今日の午後、あさひちゃんが復活ソロゲリラ突発ライヴやるって情報があったんだもんっ!」


「え? あさひちゃんってあの去年解散した『ストローハット・スケアクロウズ』のベースの?!」


「あったりまえよっ! それ以外にあさひちゃんなんて居ないでしょっ!」


 あさひちゃんって名前の子くらいもうちょっと居そうだけどなぁ。それに突発ライヴなのに事前情報があるんだ。色々と言いたいことはあったけれど、それでもその情報にまひるは胸を躍らせた。

 彼女にとって自分と年齢のあまり変わらない少女たちで編成されたガールズバンドユニット『スケアクロウ』は、小学生のころからの憧れだったのだ。

 中でも一番ふりふりの衣装を着て大きなリボンとツインテールを揺らしながら演奏をする、ベース兼サブボーカルのあさひ。彼女の姿は今でも頭に残っている。

 あんなふうになりたい。恥ずかしがりで赤面症のまひるは、いつもそう思ってテレビを見ていたのだった。


「ほらっ! たぶんあっち! まるちゃん行くよっ!」


「もう、まるちゃんて言うのやめてよー。私はまひるなんだからね」


 深雪にぐっと手を引かれて、笑いながら二人は走り出す。

 良く晴れた山の上、彼女たちの向かう登山道の踏み固められた地面の上に、突然たくさんの黒い影が現れて、まひるは足を止めた。


 急に歩みを止めたまひるに引っ張られ、深雪がたたらを踏む。


「ちょっとまるちゃんっ! 急に止まんないで――」


 まひるも深雪も、そして周囲の若者たちも空を見上げる。

 視線の先、青空を隠すように直径1メートルほどの赤地に青いラインの入ったカラフルな円盤が、数百機浮かんでいた。


 異様な光景。次々と現れる赤い円盤。


「……キ……キ……」


 手を引き、ひしっと抱き合った二人は、息を詰まらせるように口をパクパクさせる。


「キターーーーーーーーーーー!!!」


 その悲鳴は、周囲の若者たちからも同時に上がった。


「ほんとに来た! すごいよみゆっち!」


「ったりまえよっ!」


 二人は興奮してスマホを取り出す。

 周囲の若者たちも次々にスマホを取り出した。

 その表情は誰もが期待に輝いている。

 にわかに賑やかさを増した蔵王エコーラインを大きなトレーラーがものすごいスピードで登ってきたのはその時だった。


 みんなが急いで起動した『ドロシー』と言う名前のアプリは『presented by OZ』と言う表示の後、古い映画のようにカウントダウンを始める。


「サン!」


 若者たちは一斉に、その表示に声を合わせて叫びだした。


「……ニー!」


「……イチ!」


「……ゼローーー!!!」


 レストハウスの駐車場、ドリフトするように止まったトレーラーの荷台が、宝箱のふたが開くように大きく口を開ける。


 っぱぁぁぁん!!!


 花火、スモーク、そしてレーザー。


 カウントダウンが終わるのと同時にトレーラーから現れたのは、ふりふりのピンクのスカート、ピンクと白のしましまのニーハイ、大きなリボン、それにも増して大きなツインテール。

 同時にわっと飛び出した何十台ものドローンが、その少女の周囲をぐるぐると回り、空撮を始めた。

 少女はすぅっと息を吸い、ヘッドセットの位置を直す。

 まひるの知っているそのかわいらしい少女の口が、小さな微笑みをたたえたのがしっかりと見えた。


「みんなぁ! ひっさしぶりぃ! あさひだよぉ!」


 少女の言葉に、数十人のファンらしき若者たちから「うぉぉぉぉ」とも「きゃぁぁぁ」とも聞こえる絶叫が漏れた。

 まひるの持つスマホには、まさにその映像が映っている。


 その映像の左上、「イイネ」と書かれたカウンタの数値が見る見るうちに数十上がった。


 イイネカウンターが十を超えたあたりで、あさひの周囲に虹色の輝きが広がる。ピンクと白のしましまのベースを「ジャァーン」とかき鳴らすと、その振動に合わせて上空の赤い円盤が数機、「ぼぼん」と言う音を立て、煙を吐いた。


「いっくよぉ! みんなのキモチ、あさひにちょうだい!」


 まひるも深雪も、慌ててアプリの『イイネ』ボタンを押す。

 画面上のイイネカウンターが100を超え、それでも勢いが衰えずにどんどん上がって行くのに合わせて、あさひの背中にピンク色の綿菓子のような翼がふわりと広がった。


 虹色の軌跡を描きながら、あさひは天高く舞い上がる。

 同時にあさひの前方から、ピンク色のエネルギー弾が「たたたんっ、たたたんっ」とリズムを刻むように放たれて赤い円盤を打ち落とし始めた。

 まだ増え続ける赤い円盤と同じ高さまで一気に上昇すると、あさひはふわりと短いスカートを翻して静止する。

 ドローンで撮影されているスマホの映像に、あさひのスカートの中が一瞬映ると、その瞬間イイネカウンターの値が数百レベルでぐんと増えた。


『見えたーーーー!』  『キタキタキター!』         『見逃したぁぁぁ』

    『たまらん!』       『あっちゃーーーん!』

『おぱんつぅぅぅぅ!!』        『あさひぃぃぃぃぃ!!!』  『キタァーーーーー!!!』


 画面にはそんな弾幕が流れてゆく。

 まひるの見上げる空で、腕をぐるんと回したあさひがベースをかき鳴らすと、その周辺の赤い円盤は、また数十機単位で破裂した。

 イイネカウンターはもう既に700を超えている。


「よし! じゃあ。やっちゃうよ!」


 上空からと、スマホから。両方からあさひの声が響き、スマホの画面に『オプション:タイミー』と言う文字がピンク色のボールドで表示された。


『タイミー』     『タイミー』          『タイミー』

   『ちみー』         『おぱんつはよ!』  『タイミー』 『タイミー』

 『たいm-』       『タイミー』『タイミー』       『タイミー』


 弾幕で画面が埋まり、あさひの姿が見えなくなったまひるは、直接空を見上げる。

 あさひの背後に、黄色いひまわりのようなボールがぽんっと現れる。

 ピンクの翼をふわふわと揺らし、彼女が弧を描くと、今まで傍観するように周囲を埋め尽くしていた赤い円盤は、それが合図だったかのように、一斉に動き始めた。


「ああ~っ! あさひちゃーん! 敵が動き出したよぉっ! がんばってーっ!」


 まひるの隣で深雪が「イイネ」を押しながら絶叫する。

 負けじと「イイネ」を連打していたまひるのスマホに、突然ぴぴっと言う音と共に『ドロシーポイントが足りません。購入画面へ進みますか?』と言うウィンドウが表示される。

 思わず『はい』を選択しそうになったまひるだったが、課金のためのオズ・プリペイドカードをもう持っていない事を思い出して、大人しく『いいえ』を選択した。


「みゆっち~、私もう今月分の『イイネ』全部使っちゃった~」


「任せてまるちゃんっ! みゆっちがまるちゃんの分も応援するよっ!」


 フンスッと鼻を膨らませ、深雪が『イイネ』を連打する。

 画面に『オプション:7-WAY』が表示され、体の周囲からピンク色のエネルギー弾を前方3方向、左右2方向ずつに向けて何百と連射し始めたあさひは、空中にその虹色の軌跡と共に爆炎のラインを作って行った。

 その背後、タイミーと呼ばれた黄色いボールが、あさひの進行方向とは逆方向へ向けて、黄色いエネルギー弾を連射している。

 それは、背後から距離を詰める敵をも、次々と打ち落としていた。


「……ふんふふんふふ~ん♪」


 爆発音にまぎれて、気持ちよさそうな鼻歌が聞こえてくる。

 それはスマホから流れてきていて、それに気づいたファンがすかさずアプリに書き込んだ。


『鼻歌www』  『あさひちゃんかわいすぎだろ!』  『デビュー曲かよ!』

          『これスケクロウのオルオアじゃん!』   『オルオア!』

  『なまうた!』    『オール・オア・ナッシングすきだぁぁぁぁ!!』


「あっ! ちがうの! 今の無しにして! 契約が……」


『契約www』  『あさひちゃんかわいすぎだろ!』   『なしってwww』

  『事務所替わったからなぁ』           『契約かぁ、現実的』

 『ええ? もうあさひちゃんスケアクロウ時代の曲歌わないの?!』


 弾幕に気づいたあさひが慌てて否定する。

 真っ赤になった顔が画面にアップになり、『レア顔www』『あさひちゃんかわいすぎだろ!』と言う書き込みと共に、イイネカウンターがまた数百上がった。


「もー! みんなぁ! あさひ頑張るから、みんなとあさひだけの秘密にしてねー!」


 言葉通り、あさひは縦横無尽に空を飛び、ひらりひらりと敵の弾幕を躱して何百もの赤い円盤を打ち落としてゆく。

 数分のその戦闘の間にも、可愛らしいトークや、ダンスのようなステップ、そして時々ちらりと見える下着などでイイネはどんどん増え、カウンターはついに3千を突破した。

 しかしそんな激しい戦闘も、ある瞬間にぴたりと止まる。

 周囲の何百と居た赤い円盤の、最後の一機がピンク色のエネルギー弾に打ち抜かれたのだった。


  『888888888』  『あさひちゃん乙~!』      『888888888888』

『88888888888888』     『あさひちゃんかわいすぎだろ!』

    『88888888888888』    『さっきからあさひちゃんかわいすぎだろしか書かないやつwww』


 画面に弾幕が流れ、あさひはゆっくりとトレーラーに向かう。

 その背後、広がった青空の中に、今までの円盤とは比較にならない巨大な飛行物体が、空間そのものを揺らして姿を現した。

 あさひはあわてて振り返るが、一瞬の油断は致命的だった。

 彼女の体に向けて、細いレーザー光線が数十本束になって襲い掛かる。

 初めてまともに攻撃を受けたあさひは、そのまま慣性に従って地面に落ち、その丁度真下に居たまひるに頭からつっこんだ。

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