魔法少女になったので、おうち帰ってお布団の中で震えたい

 どうして……どうして。うぅ……。


「わ、わかぁ! てめぇ……葡萄畑ぶどうばたけぇ!」

「これで火獣かじゅうぐみもおしまいだな。これからはじゅうしーぐみ……オレの時代だ」


 私は塾が終わって家に帰ろうとしてた……それだけなのに、なんで。


「上手く行きやしたね葡萄畑の旦那……いや、新組長」


 やくざさん同士が皆さんお揃いで鉢合わせ……そう思ってたら銃撃戦が始まって、かじゅう、ぐみ? さんの勝ちで終わりそうな状況で。


 火獣組のリーダーが火獣組の仲間の人に撃たれて、地面に倒れたまま動かなくなった。


 地面にどんどん広がってる赤いあれは……トマトジュース。あれはトマトジュース。目の前で血が流れてるなんて考えたくない……。


 でも私、トマトジュースどっちかと言うと嫌いな方だった……どうしよう。


「おいおい防城ぼうじょう。拳銃構えてる手が震えてるぜ?」

「く、来るなぁああ!」


 叫びながら放たれた銃弾は全て、葡萄畑さんのすぐ後ろの方で弾かれた。


 私は今、抗争が起きた場所からも見える路地の中にいる。この先は行き止まりだけど無駄に今起きてる全体が見渡せる位置。


「ひいぃいっ!」


 拳銃を撃った男性の方が悲鳴を上げてる。


 少し落ち着いて見たら葡萄畑さんの背後って不自然に黒いんだよね……何か急に赤い色が伸びて来て、葡萄畑さんの背中を突き刺したかと思うと引き抜いて、葡萄畑さんの体から大量の……あれはトマトジュース。


 次の瞬間、黒い部分がやけに動いたと思ったら銃を構えてた人の姿が消えた。


 厳密には体の一部がまだ見えてるけど……まるで何かに食べられて微妙にはみ出してる時みたいに……あ、見えてた部分が千切れて落下した。


 そんな光景を眺めてたら、あの黒い部分は四本足の何かが動いてるのかなって気がして来たんだけど……「ば、化物!」という声と銃声が聞こえて来て、声色だけはバリエーションのある悲鳴が相次いだ。


 そうこうする内にすっかりトマトジュースの海……余程のトマトジュース好きを連れて来なければ飲み干せそうに無いけど、そもそも地面に零れたジュースは飲んじゃダメだよね。


 こわい……こわいよ。


 こんな時はぬいぐるみでも抱き締めて気分を紛らわせたいけど、手元にあるのはさっきそこで拾った、モフモフとは無縁の金属製の何か。


 何かを象ってると思えなくもない複雑な形状だけど、今はこの金色を胸に抱き寄せるように握り締めるしかない……見つかりませんように。


 そしたらリコーダーの半分以上の長さはある金色物体が強い輝きを放って……結構長い間続いた光が晴れた頃、さっきまで私が着てた学校の制服とは違う服装に。


 確認出来る範囲で見た結果、黒い服の所々に毒々しいピンクのラインがあって、このカラーリングじゃ無ければ可愛い上下のドレス……スカートはちょっと短かめで恥ずかしいかも。


 胸元部分は程よい露出で、今年はクラスで大きい子ばかりだったから何とか目立たずに済んだ私の胸の膨らみの強調をかえって和らげた……のかな?


 ピンク部分がすっごく鮮やかなのに髪の色とマニュキュア部分がもっと真っ赤……こんな格好の女の人にバッタリ会って睨まれでもしたら私……その日はベッドにくるまって一日中出られないかも。


「やっと聖杯せいはいを見つけたと思ったら……その力を手にしたみたいだね」


 どこからか声がして来た。周囲に人はいなくて、いるんだとしたら――


「それにしてもキミは随分と怯えた顔をしてるんだね。言葉は喋れるかい?」


 そこまで似て無いけど、お人形サイズのクリオネが浮かんでる……んー、共通してるのは半透明で頭らしき部分があるって事くらいかも。


 胴体だと思う部分は緑色の結晶体のようなものがあって、もしかしたら正三角形八枚と正三角形六枚で作れる立体と同じかも……さっきから内側が青白く光る時があるけど、声がして来るタイミングと一致してる。


「あ、あのー……え、えーっと……」


 言葉が喋れる事を証明するには何かしらの単語を言えばいいのかも。大きな声を出すのは恥ずかしいけど……私は何とか声を振り絞った。


「ト、トマトスパゲッティ!」


 好きなのはカルボナーラだけどね……あとシーフード系のクリームパスタ。


「すごいな。ここまで理性を保てたのはキミが初めてだよ」


 やっぱりこの体が青白く半透明な何かが喋る度に中の立体が発光してる……うぅ、大きな光と音というか声を出したから、向こうにいた黒い何かがこっちに近付いて来る足音が聞こえて来た。


「丁度いいね。キミの力を存分に……あのファントムに放ってごらん!」


 ここは灯りがあるから黒い影の全容が結構判った。


 丸々と太ったボディはよくよく見れば紫色を帯びてて四本の脚が生えてて……目が何処にも見当たらないけど、体のあちこちに目をはめれそうな穴がたくさん。


 というかもしかして、そこに付いてた目玉、全部えぐられたの? 誰がそんな事を……こわい。


「槍のようで剣でもある……ちょっと細長いけど変わった武器に変化したね。それを魔法の杖だと思って力を集中させてごらん」


 クリオネもどきさんが言ったように私は金色の武器を両手で抱えてる。


 力を注ぐってこんな感じかなと思ってる内に武器の先端に何か光と言うには液体のような赤いものが集まって行って……生き物のようにビクビク動いて一部が武器を伝って滴り落ちて来てる。


 色的に赤ワインだよね? いやー、困るなぁ……私、未成年なのに。


「目の前のファントム目掛けてその力、放ってごらん」


 もう何が何だか分からない。起こる事全てが恐ろしくてお家に帰りたい……。


 とりあえずやるだけの事はやってみる……私はそれっぽく気合を入れてみた。


「えーい!」


 次の瞬間、膨れ上がってた赤ワインが霧状になって縦に広がったから何だか空間に穴が開いたみたい……実際、中から何か出て来たし。


 お化けのように白いボディは全体的に形状が歪で……大きな口を開けながら出現した勢いのままに目の前にいたファントムって呼ばれた黒い何かを……バクリ。


 黒いファントムは軽自動車より大きかった気がするんだけど……それを一呑みって何事? あぁ、ぐっちゃとぐっちゃとお肉を頬張る音が聞こえて、よく判らない色の液体が横顔がワニに見えなくもない白い何かの口から零れてる。


 うぅ、あれはお行儀の悪いわんちゃんがブドウを拾い食いして頬張ってる音、あれはお行儀の悪いわんちゃんがブドウを拾い食いして頬張ってる音……キミにとってブドウは体に毒だよわんちゃん、結構ガチで。


「一撃で倒してしまうとはやるねぇ……だけど君の姿といい、こんな魔法が出て来る事といい……やっぱりまだまだ魔法少女の力は汚染されている」

「なんなのー?」


 泣き叫ぶように私がそう言ったら、何か長々とした話が始まった。


「魔の存在ブルルゴを倒す為にこの世界で魔法少女を集める事になったんだけど……聖杯具は魔法少女の力を与えるのと同時に、魔法少女の力の源――ネクタルから流れ込むエネルギーの受け皿でもある。ボクたちがこの世界に聖杯具をばら撒いた時にはネクタルは汚染されてて、その事実に気付いた時には魔法少女の力を得た人間だった凶悪な存在が次々と生まれていた」

「さっき理性って言ってたけど……もしかして」


「そう、キミ以外の魔法少女たちは理性を失い外見も人と言えるか怪しい者ばかり。そして彼女たちの凶悪な力が一ヶ所に吹き溜まる事で生まれるのがファントム。でもキミのおかげで希望が見えたよ」

「え?」


「魔法少女の力が与えられる度に少しはまともな魔法少女が増えて行き、遂には人の姿だけでなく理性さえも維持する魔法少女――キミが誕生した。このまま魔法少女が増えて行けば」


 何だか、この手の展開って……思ったままに私はこう返した。


「邪悪な魔法少女に対抗し得る魔法少女たちが……生まれる?」

「ネクタルが汚染された理由も探さないとだけどね。与える魔法少女の力も弱まって行くから、そろそろ補充したいけど、それでまた汚染されたら悪循環だよ」


 そっかぁ……とりあえず私の取る行動は決まった。


 それから暫くが経って、私は自分の部屋に籠ってる。


采田さいだゆかり。キミは何故、布団にくるまって小刻みに震えているんだい?」


 帰り道で名乗った名前であのクリオネさんが私に話し掛け、私は全力で布団に身を包んでる……変身の解き方は教わったと言うか自然と解けた。


 あんな怖い格好で普段から過ごしたくないよ……鏡見たら私、逃げ出すよ。


「今夜だけ。今夜だけはこう過ごさせて……明日になってもキミがいたら、ちゃんと魔法少女集め、手伝うからー」


 いつもは着ないキツネの着ぐるみみたいなパジャマ。


 これが朝起きたら普段着てる白の水玉模様があるのがすぐには判らないくらい程よい淡さのピンクパジャマに戻ってれば、今日の出来事は夢だった事になる。


 でも怖い事が色々起こり過ぎだよ……悪夢だったなら覚えて無いといいなぁ。


「キミはこれから生まれる魔法少女より強い力を持ってる事になるんだし、そんなに怖がらなくてもいいと思うんだけどなぁ」


 うぅ、静かにしてよ……今すぐ眠って朝を迎えたい。ファントムとかいう怖いのが湧く世界だけじゃ無く、色々恐ろしい事になってる魔法少女がたくさんいるって情報だけで、もう私お家から一歩も出られない。


 それに何なのあの力。攻撃する度にあんな事になるんだったら魔法少女の力を使うのもこわいよ……せめて何かキラキラしたものが発射されて、それを受けた相手が色付きの煙のように爆発音とは違うその手の効果音と共に消え去るみたいな。


 そういうのだったらまだ頑張れたかもしれないけど……そもそもファントムっていう相手の見た目が怖過ぎる!


 もうこうして涙目になって震えるしか無いよ……明日になってもこれが現実だったら観念して魔法少女頑張るから……だから今は――


「うぅ、こわい……こわい」


 これは夢なんだって夢を見させてよぉ……えーん。

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魔王の玉座から始まる掌編集 竜世界 @LYU_world

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