セーブクリスタル 第14話


 翌日の朝、宿屋の前の通りで向かい合ったわたしたちは、出発の時を迎えていた。空は快晴だ。山のようにぱんぱんに膨らんだリュックを背負ったお母さんは、今から町の大通りで露店を開いて、リュックの中の商品を売るために、まだもう少し町に残るそうだ。お母さんは吟遊詩人になる夢を諦めたけど、実家に帰るのは嫌だから、これからは行商人として一人で旅を続けるそうだ。親が決めた相手と結婚させられるのが、よっぽど嫌なのだろう。そんなのわたしだって絶対に嫌だ。お母さんがポーチの中から、無色透明のセーブクリスタルを取り出す。そしてそれをわたしに差し出した。

「あなたプロの吟遊詩人を目指すんでしょ? はいこれセーブクリスタル、よかったら受け取って。今セーブしておいて、吟遊詩人になるっていう夢が叶わなかった時にロードすれば、わたしみたいに時間を無駄にしなくて済むわよ」

 ロード時に同化した場合、体はロード後のものになる。つまり未来から過去にロードして同化した場合、体の老化も巻き戻ることになる。十年、二十年好きなだけ夢を目指した後にロードして同化すれば、青春時代を取り戻せるというわけだ。わたしは首を横に振る。

「いらない。リーシャが好きな男の子に告白する直前にでも使いなよ」

「へ!?」

 お母さんがチラリとお父さんに目を遣り赤面する。そんなお母さんを見て、お父さんが小首を傾げる。

 今のわたしは弱い。だけど過去の世界のお父さんや黒チェリモを見て、わたしも強くなりたい、と思うようになっていた。セーブして失敗したら後でロードすればいい、という逃げ道を作って夢を目指すようでは、強くなんかなれない。だからわたしはお母さんの申し出を断った。わたしが吟遊詩人になりたいって言った時、未来のお母さんは『わたしが昔諦めた夢を、代わりにソプラナに叶えて欲しい』とわたしに言っていた。

「リーシャが作った曲の力も借りて、わたしプロの吟遊詩人になってみせるから」

 お母さんが笑みを覗かせる。

「ありがとう。応援してるわ。……それでその、ソプラナはこれからもアセビ君と一緒に旅をしようと思ってたり、する?」

 お母さんがもじもじしてわたしを窺う。

「ううん。思ってないよ。わたしの次の目的地は、アセビの次の目的地とは違うしね」

「そっか……」

 お母さんはほっとした表情になって、胸を撫で下ろす。

「じゃあぼくはそろそろ出発するよ」

「うん。またね、アセビ君」

「うん。いつかまた」

 わたしもお母さんと別れの挨拶を交わし合い、わたしとお父さんはそこでお母さんと別れた。そこから二人で町の入り口に向かって歩いていく。振り返り、わたしたちを見送ってくれるお母さんの姿が見えなくなるのを確認したわたしは、お父さんに話しかける。

「ねえアセビ。わたしと一緒に旅しようよ」

「え!? さっきリーシャに思ってないって言ってたよね?」

「あれ嘘」

「どうして嘘吐いたのさ」

「だって面倒なことになるのが目に見えてたから」

「面倒なことになるってどういうこと?」

「鈍感なアセビにはわからないよーだ」

「なにそれ。それで、どうしてぼくと君が一緒に旅をする必要があるのさ」

 お父さんの強さはどこからくるものなのか。どうすれば強くなれるのか。今はまだわからない。でもお父さんと一緒に旅を続けたら、その強さの秘密がわかるかもしれない。それを知って、真似してわたしも強くなりたかった。わたしが来た元の未来の時間軸に戻るのは、強くなってからにしようと決めていた。強くなれるまでは絶対に帰らない。

「わたしってお母さんから弓を習ったから、少しだけだけど、弓を使えるんだけどね。あんまり強くないんだ。わたし一人だと、モンスターに遭遇した時に倒せないからさ、護衛してくれる人がいないと旅ができないんだよ」

「今までも護衛を雇って旅をしてたの?」

「へ!? そ、そうなのよ! でもその人とはこの町までっていう契約だったから」

「そうだったんだ」

「そういうわけで、今わたし困ってるんだ」

「でもそれ別にぼくじゃなくてもいいよね? どうしてぼくなの?」

「お、教えない!」

 ダサいと思ってたお父さんが実は格好良かったから、もっと一緒にいたい! なんていう本当の理由は、なんだか悔しいから教えないことにする。

「ぼくを選んだ理由も教えてくれない相手と、信頼関係を築いて一緒に旅するなんて出来そうにないんだけど!」

「う、うるさいわね! わたしも不思議を求めて旅してるのよ! 旅の目的も一致してるんだから、なにも問題ないじゃない! 困ってる人が目の前にいたら、考えるより先に助けるのがアセビなんでしょ!? わたしさっきから困ってるって言ってるんだけど! はいこれお給金!」

 ポーチの中から昨日酒場で貰ったチップを取り出し、それをお父さんに差し出す。

「うん。まあ、困ってる女の子が目の前にいるのに助けないわけにはいかないね。旅の目的が一致してるのなら、ぼくの旅に支障もなさそうだし」

「うんうん。それでこそわたしのお父ッ……! ゴッホゴホッゲホ!」

「え? 今なんて? わたしのおと?」

「わ、わたしの音を守る護衛だって言おうとしただけよ。音っていうのは歌と演奏を併せて音って言っただけのことだから気にしないで」

「そう? とりあえず君の護衛を引き受けるよ」

 お父さんがお給金を受け取ってくれる。これからお父さんと一緒に旅ができることが嬉しくて、わたしは笑顔を咲かせる。

「今はそれだけしかお給金あげられないけど、わたし頑張ってもっと稼げるようになってみせるから。そしたらアセビのお給金アップしてあげるからね」

「うん。期待してるよ」

「それからスコートカメラはわたしが預からせてもらうから」

「どうしてさ?」

「その内きっとアセビは壊しちゃうに決まってるからよ」

「壊さないよ!」

「ダメ! さっきあげたお給金には、わたしがスコートカメラを預かる代金も含んでたんだから」

「そんなの横暴だよ!」

「こればっかりは譲れないから。はい、かして。……なにしてるのよ。ほら早く出して。お金受け取ったでしょ?」

 お父さんが渋々背負い袋の中からスコートカメラを取り出し、わたしに手渡す。スコートカメラで数々の不思議の証拠を撮って、それを持ち帰って、みんなを見返してやるんだ。元の時間軸に戻るまでに、たくさんお金を稼いで、そのお金でお父さんからスコートカメラを買い取ろう。いくらお金を積んでも拝んでも譲る気はないってお父さんが言ったら、その時はしょうがないから勝手に持ち帰ることにしよう。娘が学校で嘘吐き呼ばわりされてる濡れ衣を晴らすためなんだから、きっとお父さんは許してくれるはずだ。それにお父さんに持たせておいても、きっとその内、壊してしまうのだから。

「とりあえず次の目的地を決めないとね。ソプラナは行ってみたい場所とか、見てみたい不思議なことってある?」

「うーん、そうねえ。色々あるけど、どんなにハゲてても、たちまち治って髪がふさふさになる薬があるんだったら欲しい。あと、飲むだけであっという間に痩せられる、痩せ薬も欲しい。そんな魔法みたいな薬の話、聞いたことない?」

「そんなの聞いたこともないよ。ソプラナは女の子だからダイエットに興味あるのはわかるけど、って言ってもソプラナ太ってるようには見えないんだけど。ハゲを治す薬なんて手に入れてどうするのさ?」

「わたしのお父さんがハゲてて、おまけにデブで格好悪いから、どうにかしたいのよ」

「そうなんだ。格好悪いお父さんって、娘からしたら嫌なものなの?」

「嫌に決まってるじゃない。だからアセビはハゲデブになっちゃダメよ」

「はあ。善処するよ」

「善処するじゃダメ! 絶対になっちゃダメよ! 娘がどれだけ恥かくと思ってるのよ!」

「将来ぼくに子供が出来たとして、生まれてくる子が女の子かどうかも、まだわからないのに、怒ることないだろ!」

「うるさい! とにかくダメなものはダメ!」

「どうしてぼくはまだ子供もいないのにこんなに激しく怒られてるの!?」

 わたしは歩きながら、作りかけの歌を口ずさむ。

「その歌は?」

「『空飛ぶ黒チェリモ』っていう歌だよ。今作ってる最中で、まだ未完成なの」

 いじめられてもめげず、いつか飛べる日が来ると信じて、飛ぶ努力を怠らなかった黒チェリモの強さと、一緒に飛んだ時の感動を、聴いてる人に伝えたい。そんな想いを込めて、昨日から作り始めている歌だ。同じフレーズを何度も繰り返し歌いながら、曲作りをしていると、何度も聴いて覚えたお父さんが一緒になって歌い始める。二人の歌声が、青空に吸い込まれていく。

 わたしは旅に出る。強くて格好良いお父さんと一緒に。

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ソプラナは今日も歌う 雪月風花 @yukizuki

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