セーブクリスタル 第13話
町に戻ったわたしたちは、一旦宿屋に戻り、水筒やスコートカメラ等の余計な荷物を各自部屋に置きにいった。それから昨日と同じ酒場に足を運んだ。
「黒チェリモが空を飛ぶところを見れた記念に」
「「「乾杯!」」」
わたしたち三人は笑顔でグラスをぶつけ合った。歩いて町に戻ってくる間にも、わたしたちは散々黒チェリモが飛んだ話をしたけれど、まだまだわたしたちの興奮は冷めなくて、また黒チェリモの話が始まった。
「ソプラナだけずるいよ。一人だけ背中に乗せてもらってさ」
「そうだよ。わたしも乗りたかった!」
「上空からの景色すごかったんだから! 二人にも見せてあげたかったなあ!」
「く~! 羨ましすぎるよ!」
わたしたちが大きな声で談笑していると、わたしたちのテーブル席の傍を、昨日わたしに野次を飛ばしてきたおじさんが通りかかった。おじさんは既に顔が赤く、完全に出来上がっていた。
「黒チェリモが空を飛んだだってぇ?」
おじさんがわたしたちに絡んでくる。黒チェリモが飛ぶところを見ることができ、興奮していたせいで、人がたくさんいるこんなところで、嘘みたいな話をしてしまったことを、わたしは内心でしまった、と思った。
「はい。本当に飛んだんです。ソプラナは背中に乗せてもらって飛んだんですよ」
お父さんがわたしを指差しながら言う。
「だははははは! 三人顔寄せ合って、なにを盛り上がってんのかと思えば、とんだほら話じゃねえか! ほら話でよくそこまで盛り上がれるな! いーひひひひひ! あんまり笑わせんなよ! 腹いてえ!」
「嘘じゃないです。ぼくたち本当に見たんです」
「チェリモが空を飛ぶわけねえだろ! そんなの誰だって知ってる常識じゃねえか! だはははははは!」
酒場のあちこちからも失笑が飛んでくる。わたしはいたたまれない気持ちになった。おじさんがわたしたちの前から立ち去り、自分の席に戻っていく。お父さんがスコートカメラを宿に置いてきたことが悔やまれた。撮影した静止画や動画を見せたら、ここにいる全員に信じさせることができたはずなのに。今から宿に戻ってスコートカメラを取ってきてって、お父さんに言おうかと、わたしが思ったその時だった。
「今の話、詳しく聞かせてくれないか?」
冒険者らしき風貌の男性が、わたしたちに話しかけてきた。なぜ嘘みたいな黒チェリモの話を詳しく聞きたがるのか、わたしはこの男性の意図がわからず、思わず訊いていた。
「え、どうして?」
「おれは昔から、自分の知らない未知の世界に憧れを抱いていて、それで冒険者になったんだ。だから空を飛んだ黒チェリモの話に興味が湧いたのさ。どんな風に飛んだのか、教えて欲しい」
「いいですよ」
お父さんがあっさり了承すると、
「その話、わたしも聞かせてもらってもいい?」
女性冒険者らしき人も、わたしたちのテーブルに近寄ってきた。お父さんが笑顔で言った。
「もちろん!」
お父さんが中心になって説明した。わたしはこんな誰も信じないような話を、いつ否定されるだろうかと怖くて、お父さんに同意を求められた時に、相槌を打つことしかしなかった。話が進むにつれ、一人、また一人と、わたしたちのテーブルの周囲に人が増えていった。聴衆は最終的に五人になった。みんな笑みを浮かべ、終始楽しそうに話を聞いていた。
「話してくれてありがとう。とても面白かったよ。他に誰か不思議なことを見た人いないか? 実際に見てなくても、噂話でもいいんだが」
「あ、じゃ次わたしが話すわね」
女性冒険者らしき人が、不思議な話を披露し始める。女性が話し終わると、また別の人が不思議な話を聞かせてくれた。聞くと五人とも冒険者だった。お父さん、お母さん、五人の冒険者たちが次々に自分の知っている不思議な話を披露し合う。わたしたちのテーブル席は、不思議話情報交換会になった。酒場は情報交換の場だと、両親が言っていたのを思い出す。話す人も聞いてる人も、みんな瞳を子供みたいにキラキラさせている。わたしはずっと聞き手に徹して見ているだけだった。けれどみんなの楽しそうな様子を見ていて、わたしは思った。この人たちだったら、わたしが両親から聞いた不思議な話を、バカにせずに聞いてくれるかもしれない。壮年の冒険者の話が終わったタイミングで、わたしは勇気を振り絞り、意を決して話に参加してみることにする。
「あのう……。両親から聞いた話でよかったら、わたしもあるんですけど」
「勿論いいに決まってるじゃないか! ぜひ聞かせてくれよ!」
期待に満ちた眼差しを全員から向けられる。わたしは緊張しながら口を開いた。最初はやっぱり否定されたりバカにされたりしないだろうかと、怖くてぽつぽつと話した。でも最初の話を話し終えても、誰も否定もバカにもしなかった。次の話もみんなが興味津々に楽しそうに聞いてくれるものだから、わたしは楽しくなってきて、次第に饒舌になっていった。みんな終始楽しそうに聞いてくれた。最後の話を話し終えても、誰もわたしをバカにはしなかった。両親から聞いた話の楽しさや面白さを、誰かと分かち合いたくて、けれど誰からもまともに取り合ってもらえたことがなかったわたしにとって、この時間はものすごく楽しい時間となった。
「さっそく明日、ソプラナちゃんから聞いた、食べたら自分が一人増えるっていう1UPキノコが生えてる森に向かってみるよ」
「わたしは自分の容姿を、自分の好きなように自由に変更できるキャラメイクの魔法が使える魔法士に会いに行くわ」
わたしは耳を疑った。
「え……? 二人とも、わたしの荒唐無稽な話を信じてくれたんですか?」
「ははは! 正直に言うと、完全に信じたわけじゃないさ。もしかしたら本当かもしれないから、行ってみる価値はあるって感じかな」
「わたしは不思議なことは存在するって思ってた方が、人生って楽しいと思うのよね」
二人の言葉に、お父さんもお母さんも他の三人の冒険者たちも、みんな笑顔で首肯する。
学校でクラスメイト全員に、話を信じてもらえなくて嘘吐き呼ばわりされて、濡れ衣を着せられて学校に行けなくなって、わたしの話をまともに聞いてくれる人なんて、わたしの話を信じてくれる人なんて、この世界には一人もいないんじゃないかと思うようになっていた。でもわたしの話を聞いてくれる人はいるんだ。わたしの話を本当に少しでも信じてくれたかどうかはちょっと自信ないけれど。本当に信じてくれる人だって、探せばきっとどこかにいると思えるようになっていた。だって世界はあんなにも広いんだから。
「わたし、歌ってくる!」
ステージで歌ってみたくなったわたしは席から立ち上がる。わたしの話と同様に、わたしの歌は誰の心にも届かない、響かないという妄想は霧散していた。まだ人前で歌うことに緊張はするけれど、昨日よりはちゃんと歌えるような気がした。店員にステージの上に運んでもらった椅子に座り、膝の上にハープを置いたわたしは唇を開く。自分の部屋で練習している時と、ほとんど変わらぬ歌声とハープの音色が、わたしの喉と指から紡ぎだされていく。野次を飛ばされることもなく、最後まで歌いきることができた。酒場の客の何人かが拍手してくれた。そして立ち上がり、わたしがステージの前方に置いた帽子の中に、チップを入れてくれた。両親以外から貰った初めてのチップだ。ものすごく嬉しかった。わたしは一人一人に頭を下げ、お礼を言った。顔を上げた時、昨日わたしに野次を飛ばし、先程黒チェリモが空を飛んだ話をバカにして嘲笑した酔っ払いのおじさんと目が合う。おじさんは威圧感のある無表情を浮かべ、わたしを見つめたまま立ち上がる。また野次を飛ばされる! と身を硬くしたわたしに向かって、おじさんが歩み寄ってくる。おじさんが帽子の中にコインを落とし、既に入っていたコインとぶつかり金属質な音を立てる。わたしは驚いておじさんの顔を見た。
「今日はいい歌だったぜ」
「あ、ありがとうございます!」
立ち去るおじさんの背に向けて、わたしは腰を折り曲げた。
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