最終話 女難は続くよいつまでも
先発してきたラルバートがデュランと合流したのは事が終わった三日後で、その翌日に王女メリッサがボルデコに到来した。
その時になってようやく、ボルデコの街に住む人々は事件を知ることとなり、そして魔王殿という危険なダンジョンが発生せずに済んだのは聖騎士ディーツー・フォースターの尽力によるものだと知って歓喜の声を上げた。
時系列については、メリッサが上手い事誤魔化してくれたので、デュランはともかくラルバートは安堵したようだ。
「デュラァァァァン!」
大事な役目を終えたメリッサが、デュランに抱き着こうと駆けてきて――飛びつこうとしたところで当のデュランの位置がずれ、メリッサは見事に空中にダイブした。
「おおっとぉ!」
王女らしからぬ声をあげたメリッサは、そのまま転ぶことなく着地し、キッとデュランの後ろを睨む。
「あぶなかったです、デュランさまが怪我をするところでした」
デュランの体を引っ張ったウィリエが、何とも言えない笑顔で額をぬぐう。
メリッサの視線とウィリエの笑顔が火花を散らす。
「あんた、スルオリの巫女ね?」
「はい。ウィリエと申します。王女殿下、初めまして」
「ええ。メリッサよ! ちょっと、どういうことよそこの女狐!」
メリッサは得体のしれない雰囲気を見せるウィリエではなく、その様子を実に微笑ましそうな顔で眺めるアリッサに食ってかかった。
「おやおや、姫様は私が何か企んだとおっしゃるので?」
「当然でしょう!? 盟約の件よ!」
「ああ、その件ですか」
アリッサはにぃ、と勝ち誇った笑みを浮かべる。
「そこのウィリエは聖女認定を待つ身ですが、姫様との盟約には抵触しません」
「何を馬鹿な……って、まさか!」
そこでメリッサはデュランに聞こえないように声を落とした。
二人が何を話すのか気にかかったが、ウィリエが引っ張った左腕を抱え込むように抱き着いてきたので、意識がそちらに持っていかれる。
「うぃ、ウィリエ殿!?」
「デュランさま、お食事に行きましょう?」
「ウィリエ殿、そのですね!」
「師匠、私もご一緒します」
続いて、ティアがデュランの右腕に縋りつく。
鎧を着ていないので、感触がじかに感じられる。
「ティアまで!?」
「姫様はアリッサ様とお話があるようですからぁ」
「さ、行きましょ行きましょ」
デュランは力を込めるわけにもいかず、引きずられるようにしてメリッサたちから引き離されたのだった。
***
「まさか眷属でないものを聖女認定するとはね。盟約があるとは言え、思い切ったものよ」
「神話における、三女神の盟約ですわね? いわく『創造の女神と維持の女神は同じものを欲さないこと』『破壊の女神は維持の女神とその眷属に攻撃をしないこと』『創造の女神と破壊の女神は互いの行動に干渉しないこと』の三つと聞いておりますけれど」
「ええ。同じものを欲さない……これは、互いの眷属にも言えることだわ。そして、その格が高いほうが優先されると決まったはずね」
「そうですね。メリッサ様は博学ですこと。私の名前から名付けられたと陛下から伺った時には、光栄だと思ったものですけれど……今の喜びはその時以上かもしれません」
「そうね、あなたの名前から名付けられたというのは本当に私の人生の汚点だわ……で、いつまで眷属ぶってるわけ? 姉様」
と、アリッサが笑顔の質を変えた。
顔立ちは全然違うのに、その笑みはずいぶんとメリッサに似て見えた。挑発的で挑戦的な悪戯なその笑いは、ラルバートが見れば卒倒してしまいそうなほどに似ている。
「この娘の中に眠る私が起きるほうが、お前が生まれるより遅かったことが私の第一の敗因よ、エイル」
「人々の血に宿る、
「まったく、バレちゃ仕方ないわね。目をつけたのは私の方が早かったんだもの、諦めるわけないじゃない」
「私たちに取られないためには、眷属ではない女でもいいの? あの暴力女でさえ、信者を眷属にしようって頑張っているのに」
「いくら私でも盟約は破れないからね。でもね、眷属じゃない間に手に入れていたとして、そのあとに眷属にした場合は盟約に違反していると言えるのかしら?」
「まさか、盟約の裏をかこうというの……!?」
「私はお前たち以上に人を愛し、慈しみ、見守ってきた者よ。お前たちのおかげで、デュランは神の相手に疲れているから。あるいはウィリエの方が、デュランの心に響くかもしれないわよ?」
アリッサは、ウィリエが聖女の資格を得たことで準備が整ったと判断したのだ。
メリッサは鋭い瞳でアリッサを睨む。カウラ以上に厄介な相手がその組織ごと敵に回ったと理解する。
「デュランは私のものよ。天界のあの、停滞した幾星霜を吹き飛ばしてくれる。あのひとを捕まえるのは最高神であるエイリウルメーヴェシュであるべきだわ」
「……そうやって自分のことしか考えていないような愛だから、デュランに避けられるのよ。ウィリエは手ごわいわよ。私が厳選に厳選した娘なのだから」
「くっ、デュラン!」
食事に連行されるデュランを追って、メリッサが走り出す。
その姿を見送るアリッサの口元に浮かんでいるのは、やはり微笑みだった。
それは勝利を確信してのことか、はたまた別の感情からだったのか。
***
「デュラン!」
「ひ、姫様までっ!?」
背中から首に飛びついてくるメリッサを受け止めて、デュランは悲鳴を上げた。
戦えばどうにかなることならともかく、こういった事態にはいくつになっても慣れるものではないようだ。
「デュランは私のものよ! 下がりなさい!」
「そうは行きません! 私は弟子として、師匠の心を安らげる義務があります!」
「ディランさま、お子様体型の姫様より、私のほうがいいですよね?」
普段は清楚なウィリエまで、雰囲気に酔っているのかひどく積極的だ。
『ええい、ミリティア以外はデュランから離れなさいっ! 特にエイル! 密着しないでよ、鬱陶しいのよっ!』
「じゃあデュランの背中からおどきなさい! あ、前から抱き着けば良いのよね」
「そ、それは駄目ですっ!」
慌ててティアとウィリエがデュランから手を離し、前に回り込もうとするメリッサを押し留める。
チャンスだ。
「それではこれにて失礼!」
『まあデュラン、やっぱり私を選んでくれるのね!』
「そういうわけじゃないんですがねっ!」
デュランは脱兎のごとく逃げ出した。
肉体の性能には自信があるのだ、このまま逃げ切ってみせよう。
「あら、それはルール違反じゃないかしら」
と、眼前にせり立つ透明な壁。激突しないように減速しつつ、壁を作り出した人物を目で追う。
「アリッサ!」
「ほらほら、いい機会だからここで誰にするか決めちゃいなさいよ。その方がすっきりするわよ?」
「悪いけど、いい加減僕は神様絡みは御免こうむりたいところでね!」
壁に手を触れても、押し返されるだけで電撃などは走らない。滑りもしない。
デュランは意を決して壁を筋力だけでよじ登り、壁の向こうに飛び降りる。
「あら」
「出来れば僕は、結婚するなら何のしがらみもない普通の女性を選びたいんだ!」
「……それは無理なんじゃないかしらねぇ」
背後からはメリッサとティア、ウィリエが駆けてくる。尋常ではない速さだ。三人とも魔力にものを言わせて体力の差を埋めているようだ。
「これだけ想われているんだから幸せだと思わないと」
「こんなおっさんにそこまでしてくれるのはありがたい限りだけどね!」
デュランもまた走る。
彼が逃げ切れたのか、だれかに捕まったのか、そもそも誰を選んだのかは――
***
デュラン・ドラグノフ・フォースター。
レーガライト王国の聖騎士であり、邪悪なドラゴンや悪魔、魔神を討ち果たした英雄譚の主役として有名だ。
後代に作られた作品の多くでは、弟子の女性や王女、あるいは女性神官との恋模様も語られている。
また、生涯独り身を通したとも、名も知れぬ村娘を妻にしたとも。
たくさんの光り輝く呼び名を持つ彼に残された、たったひとつの不名誉な異名。
あるいはその名こそが何よりも真実を語っていたのかもしれない。
そう。
女難聖騎士と。
完
女難聖騎士殿はそれでも結婚したい 榮織タスク @Task-S
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