第22話 ある意味でとても残酷な結末
カウラの言葉に、その場の空気は完璧に木端微塵にされた。
デュランはあんぐりと口を開けて、まだ抜き放っていないカウラの方を見た。
一方のグラウルイーヴァは、愕然としたような感激したような顔でカウラの方を見ている。
「誰ってカウラ、あなたの子供なんじゃ?」
『何言ってるのよデュラン。私は今でも綺麗な体よ。というか、眷属の魔神は何体か生み出したことはあるけど、それだって分身だもの。趣味じゃないから悪魔なんて作ってないし。イーヴァって名前を名乗るなんて不遜だなあと思っていたけど、あれぇ……?』
デュランの問いに応じながらも、カウラ自身混乱しているようだ。
グラウルイーヴァはそんなカウラに言い訳するよりもまず、それを堂々と持っているデュランに激昂してみせた。
「貴様! 我等が主神を、偉大なる三女神を! 誰よりも麗しく、窮極に自由で! 理不尽にして平等な我が母を!」
「とは言われても……」
『いいのよ、私がそれを許しているのだから。それに私はあんたの母なんかじゃないってば』
この言葉には、グラウルイーヴァだけでなく他の悪魔たちも驚いたようだった。
ともあれグラウルイーヴァは、自分がカウラを母と呼ぶ理由を言うべきだと判断したようで説明を始めた。
「いえ、魔界で一度お会いしているのです、母上! 私を創造されたのはゲメスエメリイ様、そして私の出来に満足した母上は、私にイーヴァの名を名乗ることをお許しくださいました!」
『あら、そうなんだ? そういえばあの娘は悪魔を作るのが趣味だったっけ』
「はた迷惑な眷属を……」
『ごめんなさいねデュラン? あなたに出会う前のことだから、許してもらえると嬉しいわ』
「まあ、それはいいです。……そういう訳で、ええと」
互いの存亡を賭けて戦うはずだった空気が、いたく微妙なものになってしまっている。
デュランはどうしたものかと額を押さえたが、ふと思い出して懐からエイエスヘッズの魔力石を取り出した。
「そうそう。……この魔力石を使っても魔神には足りないのですよね?」
「え? ああ。そうだな。ダンジョンを魔王殿にしてしばらく力を集めないと足りないが」
「では取り敢えず」
魔力石に貯まった魔力で魔神になれるのならともかく、魔王殿を作る程度の力しかないならただの危険物だ。デュランは平然とそれを握り潰した。
「なっ!」
「魔王殿は危険なんで、諦めてもらいます。何だか空気がそんな感じじゃなくなっちゃったので、諦めてくれるなら追いません。諦めきれなくてひと暴れしたいならまあ、死ぬ気でかかってきてくださいね」
カウラを抜き放つ。
だが、カウラの方はデュランの方針が不満だったようで、それを覆す言葉を口にする。
『デュランは優しいんだから。でもね、事もあろうに私のデュランに喧嘩を売ったのだから、このカウラリライーヴァが許すわけがないでしょう』
「私のってあのね」
『あら、なら私がデュランのものってことでもよくてよ?』
と、そこで一体の悪魔が激発した。ここに居る中ではグラウルイーヴァに次ぐ力を持っていると目される悪魔だ。
「ええい、戯れは止めろ! グラウルイーヴァ様! 落ち着かれよ、我らが麗しき女神の力をある程度降ろした魔剣を持っているようではあるが、あれは人間! 本物であれば人間が正気を保っているはずがない!」
「あ、ああ。それもそうだな!」
『あんた今、デュランを馬鹿にしたわね……?』
カウラが凄むが、悪魔たちはどうやらカウラが本物でないということで強引に納得することに決めたようだった。
『デュラン、ほら。ミリティアを呼びなさい! いい加減待ってるわよ』
「そうでしたね。それでは……っと、ホーランドさん、申し訳ない」
「はい?」
デュランは一言だけ謝ると、カウラを頭上に掲げて魔力を解き放った。
刀身から放たれた緑の光は、天井を突き破って伸びていく。吹き飛ばすというより、光の触れた場所は消し飛ばされたように消え失せる。建物を根こそぎ吹き飛ばさなくて済んだのがせめてもの配慮と言えるだろうか。
「この美しい破壊は……! 済まない、ダグリスアラウス。私はやはりあの剣に母を見る。この場であれに敵対は出来ない」
「仕方ありませんか。グラウルイーヴァ様の積年の想いは、良く知っておりますから。では、魔力石をいただけますか」
ダグリスアラウスと呼ばれた悪魔は、残った魔力石を集めると、それを一息に飲み込んだ。
「余はダグリスアラウス! 魔界大公の末席にして、グラウルイーヴァ様の盟友である! 魔王殿の夢を打ち砕いた人間よ、その首、捻じり切ってくれる!」
言葉とともに膨れ上がる筋肉。魔王殿を作るための魔力を自分のものにすることで、パワーアップを図ったらしい。
全員をパワーアップするのではない辺り、それなりに考えてはいるようだ。だが、その程度で勝てると思われるのはやはり愉快ではない。
デュランがカウラを振り抜こうとしたところで、
「師匠!」
壁を突き破って――ついでに数体の悪魔を串刺しにしながら――ティアが室内に躍り込んで来た。
実に良いタイミングだ。障害物を完全に無視して一直線に駆けてきたのだろう。
「ああ、ティア、いいところに。僕は奥にいるあの悪魔を抑えないといけないので、そこらの有象無象は任せますよ」
「それは構いませんが、師匠? そこの大きいのが、師匠を凄い目で睨んでいますけれど」
「ああ、あれは気にしなくて構いませんよ。斬られたことにも気づかない間抜けです、もう終わっていますから」
「え」
「えっ?」
「何を……?」
ティアとグラウルイーヴァ、ダグリスアラウスの言葉が被る。
デュランは委細構わず、ホーランドを荷物のように小脇に抱えてグラウルイーヴァの目の前に跳んだ。
「きさ」
ダグリスアラウスは怒りに燃えて振り返ろうとして、それが終わりだった。
首を捻ろうとしたその動きが、斬り刻まれていた体に致命的な破壊をもたらす。
頭が三つ、右腕左腕がそれぞれ六つと七つ、それ以外が合計で二十二。数えるのもばかばかしくなるほどの数に分解されたダグリスアラウスの破片が、青黒い血だまりに落下する。
「というわけです。ティア、あとは任せました」
「分かりました、師匠!」
背後で魔剣ガルンケルブの独特な音と怒号、悲鳴が入り乱れる。
デュランはグラウルイーヴァの首にカウラの刃身を押し当てて、告げた。
「さて、あなたの処遇ですがね」
「ダグリスアラウスが、まるで相手にならないとは……。まさか本当に人の身で母上を自在に操るのか」
『だから母上呼ばわりされてもね』
完全にカウラとグラウルイーヴァの会話はかみ合っていない。デュランはひとまず彼の処遇をカウラに任せることにした。
「で、カウラ。この悪魔殿をどうしますね?」
『どうって? 斬っちゃえばいいじゃない。別に私は気にしないわよ』
「そ、そんな」
グラウルイーヴァの顔が絶望に歪む。自分が抱いていた憧憬の一切が考慮されていないことを理解したのだ。
デュランは軽い同情を覚えつつも、カウラが好みそうな方向に話を誘導する。
「まあ、斬るのは簡単ですけどね。斬ったらその場で終わりですよ?」
『む、そうね。デュランに随分と無礼なことを言ったし、きっちりと時間をかけて償ってもらいましょうか』
「は、母上……なにをっ⁉」
と、カウラの刀身が黒く輝いた。デュランも初めて見る色だった。
『ゲメスエメリイのつくったやつなら、ここをこうして……っと』
「あっ、あっ、あぅっ! は、母上ぇ……!」
『ええい、母上母上うるさいのよ! 私はまだ綺麗な体だって言っているでしょうがっ!』
「何してるんです、カウラ?」
『名前を奪っているのよ。グラ……ええと、何だっけ。イーヴァの名前は返してもらうし、あんたの名前はもうグラでいいわ』
見る間にグラウルイーヴァの魔力がカウラに吸い込まれ、その体が縮んでいく。
カウラの光が収まるとそこには、ダンジョンによくいる小悪魔のインプが座り込んでいた。
怜悧な美貌は紫色に染まり、背中には小さな羽。魔力も弱々しく、最早魔王殿などと大きなことを考える余裕はないだろう。
『あんたの魔力はもう増えないわ。魔界に帰ったら三日で餌ってところね。地上で誰かの使い魔にでもなるしかないんじゃない?』
「ソ、ソンナ! ハハウエ、ハハウエ!」
インプになった『グラ』は未練がましくカウラの周囲を飛び回っていたが、再びカウラの刀身が黒く輝くと、どこへともなく吹き飛ばされていった。
「あらら」
『ふう、そこそこの魔力だったわね。適当に浄化したら、デュランに上げるわね』
「それはどうも」
背後では最後の悪魔の断末魔が聞こえた。六体の悪魔を相手に勝ち切るとは、ティアも頼もしくなってきたものだ。
と、悪魔の気配が絶えたことで安心したのか、ホーランドが人心地ついたように大きく息をついた。
「ふぉ、フォースター将軍。この度は本当にありがとうございました」
「なに、為すべきことをしたまでですよ。これから王都の騎士団が来るでしょう。僕からも取り成しますが、残念ながら完全に無罪とはいきません。しっかりと償って、改めてボルデコの街の為に尽くしてください」
「はい。ありがとうございます……!」
憑き物が落ちた様子とは、このことを言うのだろうか。
悲壮感が消えて、顔色も心なしか良くなってきている。罰が与えられることはもう覚悟しているのか、明るい様子で聞いてきた。
「そういえば、その剣が名高い女神の剣でございますか」
「いえ、ちょっと違います。これは女神の剣ではなくて――」
青い鎧が霧消し、カウラを鞘に戻すと。
「女神が剣、なんですよ」
デュランはへらりと笑ってみせた。
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