走り書き

月緒 桜樹

書き味の問題

 いや、だからどうしてそうなるんだよ! と思わずには居られなかった。目の前で繰り広げられる光景は何とも超現実的シュールで、俺としては見ていられないものだったからだ。


「ねぇ! ゆーくんは私が好きなんだよっ!!」


 ソプラノの声に感情が籠る。激情によって裏返る声は、少々耳に痛かった。しかし、その声は続けてとんでもないことを言う。


橙子とーこちゃんより、私の方がスリムだ細いしさ! ゆーくんは私の方が好きなんだよっ!!」


 橙子と呼ばれた彼女は応戦した。


「藍は細すぎるわ! どうしてゆーくんが体型太さで人を決めると思っているの?」

「どっちも極端なのよ! ってか、まだそんな議論してるの? 朱音あたしのことが、ゆーくんは一番好きなのに?」

「そんなことない! ゆーくんが好きなのは私よ!」

「碧なんかじゃない! 私だよ!」


 こうしてみると、この状況はいわゆる“ハーレム”という奴なのかもしれない、と行都ゆきとは思った。

 そう思う間にも、彼女たちは火花を散らしている。




 早くチャイムが鳴ればいいのに、と授業を放棄した考えを彼は抱いた。彼は真面目でも何でもないので、「授業に集中して彼女たちの存在を忘れる」という選択肢は全く無かった。


 とりあえず、一刻も早く机を離れたかったのである。この超現実的シュールな光景から。


 そう、この光景はとてつもなく超現実的シュールだった。何故なら、火花を散らす彼女たちは人間ではなかったので。 

 彼女たちは、机上にいた。そうして、





 ――というのも、彼女たちはボールペンなのである。



 俺は0.4のサ○サが好きだ――とは、独り言でも言えなかった。それで0.5のペンが嫉妬するのはわかりきっていた。

 なら買わないでよ! と言われても困るのだ。路上で配っていた塾の勧誘のチラシ――断りきれずにもらってしまった――に同封されていたのだから。好みのものでないとはいえ、そのまま捨てるには勿体無かったのである。


 すると、不意に机上がしん、とした。そして、妙な空気が机と行都との間に流れる。



「「「ねぇ! ゆーくんは、誰が好き?」」」


 合唱である。もう、頭を抱えるしかなかった。どうして、文具の声が聴こえるのか。突っ込めばきりがなかったのだ。


「俺に、答えてほしいわけ?」


 授業はとっくに放棄しているものの、目立ちたくはなかった。だから、小声で呟いてみる。



「「「誰が好いの?!」」」


 焦らしたつもりは皆無だったが、彼女たちは声を荒げた。なんとも女子らしい、と行都は苦笑する。


「わかったから! 言うからさ、ちょっと静かにしてよ!」


 正直、女子に囲まれたならもっと緊張していただろう。憧れも無かったとは言わない。が、文具に囲まれて迫られても、何も嬉しくない! そう行都は思いながら、彼は答えを口にした。


「――――俺はね、パ○ロットのカクノ万年筆が一番好き。インクは……ブルーブラックがいいな」

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走り書き 月緒 桜樹 @Luna-cauda-0318

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