第四話

 数日後。


 兄貴のPCにスカイプをインストールさせて、初期職業を取得させる。PC付属のマイク使っているせいで、あんまり声の質は良くない。兄貴の声が少し甲高く聞こえた。


 しかし、アストリットさんに教えたときよりも、ざっくりとだけど兄貴は攻略サイトも読んでくれたし、ずいぶんと熱心にゲームに打ち込んでいた。


 まあログインするのは、学校の色々な用事をおわらせてからだから、大体夜の十時過ぎ。


 アストリットさんには申し訳ないけど、早々と素材集めを切り上げて兄貴のレベル上げに付き合っていた。兄貴も戦士を選んだせいで、回復役がいなくてあまり上手いことレベルが上がらなくて困った。


「そうだ」


 名案が浮かんだ。


「昨日話した兄貴」


「初めましてオズマの兄でカズマです、正直ゲームは苦手なんで迷惑かけてしまうかもですが」


「いえいえ、私も最初はひどかったでんすよ、いまはオズマさんの教育のおかげで、ちょっとは上手くなりましたけど」


 で、兄貴とアストリットさんをグループチャットに呼び出した。

 そう、アストリットさんにも兄貴の育成に協力をしてもらうことにした。

 兄貴がいないときは二人で狩りに、兄貴がいるときは三人で。


「二人は付き合ってるの?」


 兄貴の不意の発言に思い切りウーロン茶を吹き出した。


「い、いいえ! 違います!」


 まあ自分が否定する前に、アストリットさんに否定されて、それはそれで落ち込んだ。


「そうなんだ、ウチの弟、俺が言うのも何んだけどイイヤツだから、よろしくな」


 もっと言え。


「ひゃい、よろしくおねがいします!」


 アストリットさんもテンパってるみたいだ。

 零時を過ぎたとき、解散することにした。


 そうだな、ボイチャで連携取れるけど、三人いるならギルドの方にしたほうがメリットがありそうだ。明日あたりにギルド登録をするとして、名前はアストリットさんと二人で決めてもいいだろう。


「んー」


「どうした兄貴」


「……いや、あんなにしゃべる子じゃないしな」


 変な兄貴だな。

 後日そんな兄貴と外で会い。


「そうだ、これ色々と世話になってる礼、薄給だからあんまし期待するなよ」


「たまに晩飯おごってくれる位でいいのに、ずいぶんと気前がいいね」


「社会人だからな、学生を扶養する義務がある」


 PCのセットアップに、授業料といったところか。胸を張る兄貴と駅で別れて、自分の部屋に向かう。


 思いがけない臨時収入に何を買うか色々悩んだ、蓄えておくことにした。


 そして翌日、アストリットさんがNNTRから姿を消した。


 音声チャットも入らなくなり、その二つしか連絡手段のない自分としてはただ待つだけだった。


 一人で狩るフィールド、そうだ今日は回復も自分でやらなければならない、回復剤を持ち歩かないのがクセになってたし、アストリットさんの補助魔法、攻撃速度アップに防御力アップ、魔法耐性の祝福に頼った能力とスキル振りをしていたせいで、ソロでの狩りがとても厳しくなっていた。


 こんなに、いつの間にか、僕のキャラの方が彼女に依存していたんだと気づく。


 フィールドに雨が降っていて、いつもいた首都のギルド前にも降っている。


「ひさしぶり、彼女の姿が見えないけど逃げられたのか?」


 カシムに絡まれる、野良パーティを組んでいたらしい。ヒラチャットで『お疲れ』と見送りしながら。


「ログインしてないだけだ」


「俺も彼女のフレンドだぜ、そんな事は分かってる。なんかやらかしたか?」


「いや何度考えても、思い当たるところがない」


「……じゃあ、リアルの都合だろ。こんな所でボーッとしてるくらいなら、一緒に狩りしないか?」


 戦士と盾騎士とのパーティなんてバランスが悪すぎる。


「そんなに高難易度には行かないよ、雑談するにも狩りながらなら楽しいだろ」


 そのくらいなら。


 時計の針はまだ夜の八時、いつもの解散時間よりまだ早いから、アストリットさんがログインしてくるかもしれない。



「やっぱり戦士職二人だと効率悪いな」


「そうだね」


 回復役がいないと、体力は非戦闘時の自己回復力に頼るしかない。対応ステータスはCONだけど、僕は回復をアストリットさんに依存する形で、STRとAGIに振り切っていた。おかげでウェーブが終わるたびに隣のフィールドで休まなければならない。


 盾騎士は戦士の上級職で、CONに職業補正が入る。


「まってもらってすみません、カインさん」


「カインでいいよ、彼女と組めばシールドはあるしヒールは考えなくて良いし、聖職とのパーティ組むときは、俺のキャラもCONも低い」


 カインの体力はとっくに満タン、僕の方は七割くらいの回復だ。


「で、彼女が最近こないワケは知ってるの?」


「知らないよ、なんで僕に聞くの。さっき言った通りだよ!」


「マジで怒るなって、オズマがいないときにパーティ組んで、嬉しそうに君の話ばかりするから、リアルでも知り合いなのかと思っただけだよ」


「ボイチャはしてるけど、リアルの友達じゃないよ」


「へえ、彼女ってリアルで女なの?」


 この辺は以前ギルマスしていた時の経験だ、リアルの性別の話はギルドに要らないギスギスした雰囲気を生み出す。男キャラなのに、中身が女性だと分かったとたんつきまとった男がいて、ギルド追放だけでなく、運営からもハラスメント警告を受けた事があった。


「自分が逆の立場なら、言えると思うか?」


「だよなー」


 側で大笑いしているカインさんの姿が想像できた。


「一生懸命なのって、ゲームなのに伝わるんだよ。なんかこんな時代遅れのゲームなのに、あんなに必死な姿みせられたら、はじめた時の気持ちを思い出す感じでさ」


 僕の体力はあと二割程度で全快になる。


「ああ、ありますねそういうの」


「だろ? やっぱ気が合うわ俺たち」


 少しの沈黙のあと。


「好きな女子のタイプとか」


 返事に少しためらう、ここでそうだと答えれば、アストリットさんが女性であることをバラすようなものだし、否定したら嘘をつくことになってしまう。


 だったら沈黙しかない、チャットを見てなかったことにして。


「ああ、安心しろよ。俺は女だから」


「そうなんだ」


 本人がそう言っても、本当の性別なんか分かったものではない。少しは仲良くできそうだと思ったけれど、コイツは、あの手この手でアストリットさんの事を聞き出そうとしているナンパ野郎に過ぎない。


「先に休みます、経験値稼ぎありがとうございました」


「何だよ人が友達だとおもって本当の事を言ってるのに、周りからは男みたいだとは良く言われるけど。俺も楽しかったぜ」


「ログアウトします」


 はあ……。

 大きなため息をついて、ボイチャのアストリットさんのステータスをみてPCの電源を切った。



 アストリットさんに会えたのは、それから一週間が経っていた。


「お久しぶりです、オズマさん」


「お久しぶり、元気そうだね」


「はい! オズマさんの声が久しぶりに聞けて、本当に……」


 その声が泣き声に変わっていく。


「あのすみません、オズマさんの声きいたらなんか涙がでちゃって」


 落ち着くように、安心出来る様に声をかけていたとおもう。


「実は、昨日ようやく、退院できまして」


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NNTR(ニーナランド・ネットワーク・レンジャーズ) 関怜 @raytuel

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