体質
授業終わりの教室で、演劇サークルのメンバーが各々の台本を手に持ち、声高々にセリフを口にする。
『やっぱり君のことが忘れられない!僕と一緒にここから逃げ出そう!』
『あなたの気持ちは嬉しい……だけど、私は一生ここから逃げられない運命なの よ!』
ロミオとジュリエットのオマージュである今回の劇では、結華はジュリエット側の娘に仕えるメイドの1人を演じる。とはいっても出番は1度だけでセリフも少なく、言ってしまえば劇にそれなりの雰囲気を出すためだけの『脇役』である。
結華はこの演劇サークルに入ってから1度も目立った役をもらったことがない。しかしそれは結華自身も望んでいることで、いつだってこういった脇役か、大道具や照明などの裏方に徹することにしている。
それが自分の『本質』なのだと、私は考えている。
演劇に限らず、誰にだって役割というものがある。人間はその与えられた役割を演じることで、社会というバランスを保っている。私のような常に脇役を担う人間が数多に在るように、どんな時も目立ち、輝き、舞台の中心に立つ人間もまた数多く存在する。そうして社会は成り立っている。
私はその構造を理解しているし、受け入れている。これはもう体質であり、運命なのだと。私に主役が回ってくる日は訪れないのだと。
活動時間が終わり、みんなで軽く飲んでから家に帰る。
「ちょっと、また飲んできたの?なるべく早く帰るようにしなさいってあれほ ど…」
「はいはい」
「ちょっと、結華!ちゃんと聞きなさい!」
もう子供じゃあるまいし、と母親の言葉を聞き流しながら部屋に逃げ帰る。今日もまた、和也と散歩の約束をしているから、両親には早く寝てもらわなければ困る。
何故、こんな物騒な事件が起こっている中で、あんなにも怪しい人間を信用して、夜の散歩を続けられるのか。その答えは、至極簡単なものだった。
それは、私が『脇役』という『体質』だから。それ以外の何物でもない。
暇なので自室のテレビをつけてみると、ちょうど通り魔事件の特集をしていた。ニュースでは今回の事件のことを、『現代の切り裂きジャック』と題していた。
かつて多くの女性を殺害し、しかし最後まで捕まることもないままその姿を消した殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー。不謹慎かもしれないが、その存在もまた、物語の主人公に成り得る存在だ。ということは、今回の事件の犯人もまた、彼、あるいは彼女なりの物語を紡いでいるということになるのだろうか。
もちろん、人を傷付けることは悪い事だ。犯罪は、罰されるべきと多くの人が判断したからこそ犯罪なのだ。だけど、もし犯人が何か強い想いを持ってこの物語を紡いでいるのだとしたら、私はそこにわずかながらの憧れを抱き得る。
それは、幼い子供がアニメのヒーローに抱く憧れと大差ない、ちっぽけな感情だった。
有限の紡ぎ手 つぐみ詩歌 @siika06tsugumi
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