初めての
その日の夜、約束通り公園に向かうと、すでにそこには和也の姿があった。昨夜と似たような黒ずくめの格好で、夜闇に紛れて佇んでいた。
「来てくれたんだね。こんばんは」
「まあ、約束したし……」
我ながらよくもまあこんな突拍子もない約束に乗ってしまったものだと思う。何の面白味もない夜道の散歩に多少のスパイスを加えるのも悪くはない、という思考が働いたのかもしれない。そんなわけで、和也との散歩はゆっくりとスタートした。
「大学では何をしているの?」
「演劇サークル……まあ、脇役か裏方だけど」
「へえ、面白そうじゃん。俺なんか勉強しかしてないよ」
正直勉強なんてしているようには見えない、とは言えなかった。
「でも、4年生なら就活なんじゃないの?」
「んー、どうだろうね?」
「どうだろうねって……」
「それよりも、演劇の裏方って何やるの?」
和也は自分のことをあまり多くは語りたがらない。そんな空気を感じ取れる。隠しているわけではないけれど、上手く濁される。彼の話をしているはずが、気が付いたら私の話にすり替わっている。
どうしてかはわからないけれど、彼と話していると自然と自分のことを話してしまう。なるべく身元を明かさないようにと警戒はしているはずなのに、話が弾んでつい自分の情報を開示してしまう。
「あ、警察」
和也が腕で私の行く手を遮る。目の前には自転車に乗った警官。
「君たち、こんな時間に何をしているんだい」
「あ……えっと」
私は思わず言葉に詰まる。つい昨日知り合った人と、しかも通り魔事件が起こったばかりの街を散歩していたなんてとてもじゃないけど言えない。どうしたら良いのかわからなくて固まってしまった。
「すいません、彼女がサークルの活動で遅くなってしまって迎えに行っていたんで す。ちょうど家に送り届けるところで。すぐに帰りますんで。身分証とか見せま しょうか?」
そう言いながら和也は財布から身分証を出そうとする。
「ああ、そういうことなら良いよ。早く帰りなさい。まだ通り魔事件の犯人は捕 まってないんだから」
「はい、気を付けます」
和也が頭を下げると、警官は特に疑う様子もなく自転車で去っていく。彼の機転の利いた行動に感心していた。うろたえていた自分が少し恥ずかしい。
「……見つかっちゃったし、今日はおとなしく帰ろうか。明日も散歩する?」
「え?あ、うん」
とっさに頷く。
「そしたら明日からは警察に見つからなさそうな道を探しながら散歩しよっか。待 ち合わせはまた同じ場所に、同じ時間で良い?」
「う、うん」
「よし、じゃあ家まで送るよ」
彼は一体何者なのだろうか。先程の機転といい、飄々とした雰囲気といい、自分のことを語りたがらないミステリアスさといい、よくわからないことばかりだ。しかし彼との散歩の時間を、早くも楽しみにしている自分がいるのも事実だった。
「面白いなあ、彼女は」
正体不明の自分に、戸惑いながらもついてくる彼女を思い返して、笑みがこぼれる。
最初は気まぐれだった。危ない事をする子がいるもんだと思ったから、気になって声をかけたまでだった。
だけど、多分彼女は『何か』を抱えている。それを暴いてみたい。
「まあ、追々、ね」
テレビでは、明日もあの事件のニュースが流れるのだろう。それでも彼女はあの公園に来るのだろうか。だとしたら、彼女は―――――――。
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