出逢い

 黒いニット帽に、黒いジャケット、黒いスニーカー。ジーパンの色も暗く、加えてこの時間にこんな場所に1人。そして1人でいる女性に声をかける。はっきり言ってしまうと明らかに怪しい。


「は、はあ、あの、あなたは」

「ああ、驚かせてごめんね?怪しく見えるだろうけど、散歩をしていただけなん  だ。信用できないと思うから名乗らせてもらうよ。俺は楠和也(くすのきかずや)。 これでも大学4年生の学生でね」

 

 聞いてもないのに自己紹介を始めた。何なんだこの人は。しかし名乗られてしまった以上はこちらも名乗らないとなんだか気持ちが悪い。

「……えっと、瀬尾結華、大学2年生です。同じく散歩をしていて」

 そしてよく考えてみたら私も怪しい。こんな時間に1人で散歩をしている女性なんて頭がおかしいと思われるに違いない。


 しかし彼の返答は私の予想の斜め上だった。


「そうなんだ、一緒だね。そうしたら、1人で散歩していると怪しまれるし、どうせ なら一緒に散歩しない?」

「は?」


 あまりのことに言葉を失った。これは世に言うナンパだろうか。いやこの状況下でナンパなんてあまりにも肝が据わっているというか、ネジが飛んでいるというか、とりあえずこの人が普通の人でないことだけはわかった。


「……良い、ですけど」


 そしてあまりの衝撃に受け入れてしまった自分もどうかと思う。

 しかし男女2人でいればもし警察に見つかっても言い訳がつくし、確かに都合は良いのだ。彼がどういう意図で私と行動を共にしたいのかはわからないが、とりあえず私にはメリットがある。


 まあもしも彼が危険人物であった場合、命の危険があるわけだが、『そんなことはありえない』。


「良いんだ!?まあ嬉しいけど。とりあえず今日は遅いし家の近くまで送っていく よ。また明日、そうだな、高瀬自然公園に23時に待ち合わせでどうだい?」

「はあ、まあ、どうせ明日も散歩する予定だったので良いですけど……」


 そして今日は送り帰してくれるんだ……と呆気にとられる。しかしこの様子を見るに悪い人ではなさそうだ。ホテルに連れ込むわけでもいきなり凶器を取り出すわけでもない。ただ純粋に話し相手が欲しい、という感じだ。まあ、あくまで今のところ、だが。


「ああ、あと敬語じゃなくて良いよ。むしろ敬語じゃないほうが嬉しい」


 そう言って笑う彼は、なんだか子供っぽくて憎めない。初めて会ったはずなのに、しかもこんなに怪しいのに、この人の存在をすでに受け入れてしまっているのは、私に危機感が無さすぎるからだろうか。



 結局その日は家まで送り届けてもらい、そのまま倒れ込むように眠りについた。そして次の日の朝のニュースで、4件目の事件を知ることとなる。


(昨日、どこかで誰かが殺されていたんだ……不思議だな)


 あの、不思議な体験の裏側で、恐ろしい事件が起こっていた。しかもニュースの情報によれば、現場はあの十字路からそう遠くない場所のようだ。実感が湧かない。


 『脇役』である自分には、関係のない話なのだ。


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