【新釈 マッチ売りの少女・完結編】

【一生分の贈り物】(新釈 マッチ売りの少女・完結編)

「お母さん! お母さん! ほら、見て。こんなにも美味しそうなお料理が手に入ったわ」

 いよいよ雪が強くなる中、一度も休まずに街から家へと戻った少女は、「ただいま」を言うのも忘れて、ベッドの上で薄いシーツを体に巻き付けているお母さんの下へ走り寄りました。

「あらあら、どうしたの、そんなに喜んで。……あぁ、大変。足がとっても腫れ上がって」

「大丈夫。それよりも、聞いて。今夜はとても良いことがあったの」

「おやまぁ。それは、マッチが売れたの?」

「え、マッチ……うん、そう! そうよ。だって今夜はクリスマス‐イブだもの。みんなとても幸せそうで、親切だったわ。それで、ほら、見て!」

 少女は、咳き込みながらもベッドから起き上がり、小さな娘の足へ手を伸ばそうとする母親を押し戻すと、しもやけで痛む足も無視して、バスケットから両手に一杯のパンやチーズ、ハム、ワイン、それから真っ白なケーキを取り出して見せました。

 お母さんは一度だけ大きく目を見開いてから、もう一度「おやまぁ」と言いました。

「ねぇ、お母さん。素敵でしょう。これはきっと、神様からの贈り物なのよ」

 少女は笑って言いました。その瞳にはうっすらと涙さえにじませながら、「良かったわね。良かったわね、お母さん」と世界で一番愛する人へ笑いかけました。

 するとお母さんは、そんな少女を優しく見つめた後で、今度こそベッドから起き上がって娘の体をぎゅっと抱き締めました。病に弱ったお母さんの体では、少女の体を苦しめるほどに強く抱く力なんて残っているはずもなかったのに、少女は胸がぎゅうっと痛くなるのを感じました。

 けれど、少女はそんな気持ちを必死に隠して、お母さんの体に腕を回しました。やせ細った体にはあばらが浮いていて、少女の指で背骨も掴めるようでした。

 しばらく母娘はしっかりと抱き合いました。それから、お母さんは少女をベッドの上に座らせると、しもやけで血がにじむ小さな足をそっと両手で包みました。

「あぁ、温かいわ」

 少女は心からほっと息を吐きました。お母さんは、「いつもいつも、ごめんなさいね。私がこんな体でなければ、あなたにこんな辛い思いをさせなくても済むのに」と、何度も何度も優しく少女の足をさすりました。少女は、お母さんが言葉を発する度に、吐息が足をぬくめてくれるのをくすぐったく感じながらも、丸めた背中とぱさぱさになったお母さんの髪を見下ろして、とても悲しくなりました。

「もう良いわ、お母さん。ありがとう、もう、大丈夫。とても良くなったわ。それよりも、お食事にしましょう?」

「……そうね。分かったわ。それじゃあ、私が用意するから、あなたはしばらく休んでいなさいな」

 お母さんが立ち上がり、バスケットに手を伸ばします。少女は慌てました。

「良いの! お母さんは休んでいて! 私はもう大丈夫だから!」

「でも」

「それに、今夜はイブよ? 子供達が一年で一番、お利口でいないといけない日なんだから!」

 そして少女は素早く立ち上がり、底に銀の食器が入ったままのバスケットを抱えました。床に足を下ろした時、ずきんと痛みが走りましたが、気にもしませんでした。

 しばらくの間、お母さんは何かを言いたそうにしていたものの、やがて「それじゃあ、お願いしようかしら」と再びベッドへ横になりました。

 少女はほっと息を吐くと、いそいそと夕食の用意へ取りかかりました。余所様の家から盗んできた銀器は、布でくるんで棚の奥へとしまいました。

「お母さん、用意が出来たわ」

 少女がお母さんを呼びに行くと、お母さんはベッドの脇にひざまずき、両手を組んで一心に神様へお祈りを捧げていました。

「あなたもこっちへ来て、一緒にお祈りしなさい」

 お母さんは少女に向かって、手招きをしました。少女は素直に頷くと、お母さんの隣に並んで両手を組みました。

「天にまします我らが神よ。あなたは私達を救う為に、私達の世界へと降り立ち、私達が豊かになる為に、あなたの恵みを分け与えられました。あなたは苦しみを恐れず、貧しさにも負けず、私達が心安らかに過ごせるのは、あなたの御心によって叶えられ――」

 お母さんのお祈りの言葉は、少女が今まで聞いたどの祈りの言葉よりも美しく聞こえ、少女の心に染みてきました。だから、少女はお母さんに続いて祈りの言葉を唱えました。それで自分の罪が許されるとは思いませんでしたが、せめて、その罰は自分にだけお与え下さいと願いました。

 お祈りが終わると、お母さんは少女の手を取って立ち上がらせ、「お夕食を頂きましょうか。美味しそうな匂いがさっきから届いていて、我慢できないわ」と微笑みました。

 少女は満面の笑みを浮かべて頷くと、お母さんの手を引いて食卓へと進みました。

 お母さんは食卓の上に並べられた料理を見て、「おやまぁ」と目を丸くしました。

「白いパンを見るのなんて、いつぶりかしら」

 普段は硬くて黒いパンしか母娘の食卓に載せられることはありません。ましてや、そこにワインやケーキまであるなんて。

 少女は「早く、早く」とお母さんを椅子に座らせました。まるで、そうしなければ目の前の料理が幻のように消えてしまうのではないかと恐れているようでした。

 お母さんはそんな娘の頭を一度だけ撫でると、椅子に腰を下ろしました。少女もまた、お母さんの隣に座りました。いつもは正面に座る少女でしたが、今夜はどうしても隣に並んで食事を楽しみたかったのです。

「……まぁ。美味しいわ」

 パンを一かけ、ハムとチーズを一切れずつ、そしてワインを一口だけ飲んだお母さんは、本当に心から幸せそうな声を出しました。少女はそんなお母さんを見つめながら、あんなにも空腹だったのに、早くも胸がいっぱいになっているように感じられました。そして、改めて深呼吸をすると、少女もまた目の前の料理に手を伸ばしました。

 それは、何とも幸せな味がしました。いつもみたいに料理を噛む度に悲しくなるような、それどころかろくに噛む必要さえもない料理しか食べられていなかった少女にとって、それはそれは美味しくて優しくて温かい味がしました。

 料理は最後のケーキだけを残して、あっという間になくなってしまいました。そこで少女は立ち上がり、丸くて立派なケーキを切り分けようとしました。

 その時でした。

「待ちなさい」

 お母さんが少女を止めました。そして、「それを頂く前に」と少女を再び椅子へ座らせました。お母さんは、真っ直ぐに少女を見つめていました。

「このお料理は、本当に美味しかったわね」

「そうね、お母さん。本当に本当に美味しかったわ」

「ねぇ、このお料理は、一体どこで手に入れてきたの?」

 お母さんの問いかけに、少女は息を呑みました。

「マッチを全て売っても、こんなにも素敵なお料理を買えるお金は手に入らないでしょう? ねぇ、どうか、正直に答えなさい。このお料理は、一体どうやって手に入れたの?」

 少女は何も言えませんでした。恐怖と罪悪感と、何より母への愛情で泣きそうになりながら、それでも真実を告げられませんでした。叱られることが怖かったのではありません。ただ、真実を知られてしまえば、お母さんまでも共犯者になってしまうと思いました。

 すると、そんな娘の様子を察したのか、お母さんは少女の傍らに跪くと、「大丈夫だから。答えなさい」と彼女の手を取りました。

 そこで少女はようやく悟りました。お母さんはきっと、最初から全てを分かっていたのです。全てを分かっていながら、料理を食べたのです。それはつまり、少女一人に罪を背負わせない為に。

 少女は、正直に罪を告白しようとしました。しかし、今度は涙が喉につかえて上手く言葉が出てきませんでした。そんな娘を、お母さんは根気強く待ってくれました。

 やがて、やっと少しだけ落ち着いた少女は、静かに全てを語り出しました。お母さんは少女の手を握ったまま、彼女の言葉を聞いていました。

「……私は、とてもいけないことをしたわ」

 最後に少女がそう言って泣くと、お母さんは今にも折れそうな腕で少女をしっかりと抱き締めてから、「そうね」と言いました。少女はその、まるで木の棒を押し当てられているような感触に、思わず「どうして」と言ってしまいました。

「どうして、私達ばかりがこんなに不幸なの。どうして、みんなはあんなにも幸せそうなのに、私やお母さんばかりがこんなにも辛い思いをしなければならないの」

 少女は、きっとその言葉が何よりもお母さんを傷つけるだろうと分かっていました。でも、堰を切って溢れた涙は、彼女の胸の奥底にしまわれていた感情を体の外へと流れ出させました。

「私は、とてもいけないことをしたわ。だけど、幸せになろうと、せめてたった一度だけでも美味しいお食事を楽しみたいと思うことが、そんなにもいけないことなの? 神様は言ったはずよ。私達には、誰にでも幸せになれる権利があるって」

「そうね」と、お母さんは少女の言葉に頷きました。「私達には、誰にでも幸せになる権利があるわ」と少女の頭を撫でました。そしてその後でしっかりと少女の両目を見つめて、「けれど、私達の誰にも、他の誰かを不幸にする権利はないのよ」と告げました。

 お母さんの言葉は、優しく、しかし確かに、少女の心へ刺さりました。

 少女は考えました。この美しいケーキを食べられるはずであった誰かは、もしかすると一年に一度の聖夜を楽しみにしていた少女と同じような子供は、今頃どんな気持ちだろうかと。或いは、少女がしでかした今夜の騒ぎによって楽しい時間を邪魔されてしまったであろう人々の気持ちは、どんなものだろうかと。

 大切なものが失われる痛みや苦しみを、少女はとてもとてもよく分かっていました。

 少女は悟りました。自分がお母さんへ食べさせたものは、素敵な聖夜の晩餐でなく、罪深い禁断の果実であったのです。

「……でも、だったら、どうすれば良かったと言うの?」

 しかし、だからこそ、少女は納得出来ませんでした。こんなにもひたむきに生きて、娘のことを愛してくれている母親が、またその為に必死で生きてきた自分が、どうして不幸なままでいなければならないのだろうかと。

「私達は、ずっと真っ当に生きてきたわ。どんなに貧しくても、それに耐えてきたわ。神様へのお祈りだって欠かしたことがない。神様は……神様は、そんな私達にさえ、罰をお与えになると言うの?」

 少女の問いかけに、いっそ叫びに、お母さんは「あのね」と微笑みました。

「神様へのお祈りは、神様に幸せにしてもらう為にするんじゃないのよ。神様へのお祈りはね、私達が自らの努力で幸せになる為に、その道に迷わない為に捧げるの。どれほど貧しくても、辛くても、私達はそれでもまた今日も清く正しく生きられましたと、自分自身を誇る為に行うものなのよ」

 正直に言えば、少女にとって、お母さんの言葉は何の答えにもなっていないと思えるものでした。何故なら、それでは一体どうすれば少女達が幸せになれるのか、その方法が分からないままだったからです。

 するとお母さんは、そんな少女へほんのかすかに悲しそうな眼差しを向けた後で、しかし確かに微笑んで言いました。

「それでもね、それでも、努力を続けるのよ。どうすれば幸せになれるのか、自分が何をすべきなのか、考えるの。それは他の誰でもなく、自分自身の為に。罪を犯して豊かな日々を過ごすより、たとい貧しくとも、私は真っ直ぐに生きているという誇りを持ちながら暮らす方が、ずっとずっと幸福なことなのよ」

 それから最後にお母さんは、「だって、私はあなたと一緒に暮らしていて、幸せだったわ」と言いました。

 少女は、はっとしました。もしも、今夜のような食事を毎日、好きな時に食べられたとして、しかしそこにお母さんがいなければ、自分はどのように感じるだろうかと。

 それは想像するまでもなく、幸せとは程遠いものでした。

 そして少女は涙を拭くと、隠していた銀器を全てお母さんに見せました。するとお母さんは正直に罪を告白した娘をしっかりと抱き締めてから、「明日、全てを返しに行きましょう」と言いました。

 少女はもちろん、嫌だと言いたかったのです。何故なら、そうすればきっと、もう少女達は一緒に暮らせなくなるでしょう。いえ、それ以上に、お母さんの病気はいよいよ悪くなってしまうでしょう。けれどもう、少女には嫌と言うことが出来ませんでした。

「あなたは、私にとって一番の誇りよ」

 お母さんが、震える少女を抱き締めまして言いました。

「ごめんなさいね。本当に、あなたにはずっと辛い思いをさせてきたわね。ごめんなさい」

「お母さん、ごめんなさい。私こそ、ごめんなさい」

「良いのよ。それに、本当は、ごめんなさいと思う以上に、ありがとうと言いたいの。私はあなたのおかげで、今まで一人にならずに済んだのだもの。あなたが生まれてきてくれなければ、私は今頃とっくに生きていなかったでしょう。だから、こんな私が母親でごめんなさい。そして、こんな私の娘になってくれて、本当に本当にありがとう」

 もう、少女には何も言えませんでした。「ありがとう。私の方こそありがとう」と、何度も何度も何度でも言いたかったのに、ただただ涙が溢れてくるばかりでした。お母さんはそんな少女を、ずっと抱き締め続けてくれました。

 夜中になり、少女は久しぶりにお母さんと同じベッドへ入りました。狭いベッドでは、お母さんと少女の二人をくつろがせるには足りませんでしたが、だからこそ二人は互いにくっつき合って、シーツを被りました。薄い、そよ風さえも通してしまいそうなシーツであったのに、少女はとても温かい気持ちに包まれていました。

 そして二人は、寝る前のお祈りを一緒に捧げました。もしかすると、これが最後になるかも知れない、寝る前のお祈りを、声を揃えて唱えました。

 窓の外が、まるでお昼のように明るくなったのは、その時でした。

 いきなり差し込んできた黄金色の光に驚いて身を寄せ合う二人の前に、真っ白な翼と光り輝く衣を纏った、この世の人とは思えないほど美しい"誰か"が現れました。

 少女もお母さんも、その男性とも女性とも判然としない"誰か"に対して、「あなたは誰ですか」と尋ねることはしませんでした。必要が無かったからです。二人は一目見て、その正体が"誰"であるかを悟っていました。

 少女とお母さんは、気付けばベッドの上でお祈りの姿勢を取っていました。二人はいつしか涙を流していました。

『私がどうしてここへ来たか、分かりますか?』

 その声は、鼓膜を通り越して、直接に心へ届いてくるかのように聞こえました。

 だからこそ、二人は嘘を吐くことなど無意味だと悟りました。

「私が、罪を犯したからです」

 少女が言いました。

「私が、この子に罪を犯すという、罪を犯させたからです」

 お母さんが言いました。そしてお母さんはさらに、「この子の罪は全て、私だけが責を負うものです」と続けました。

 少女が悲鳴じみた声でお母さんを呼びました。それから、慌てて悪いのは自分の方だと叫ぼうとしました。

『落ち着きなさい』

 その声が、二人を途端に静めました。母と娘は、互いの手を固く結んでいました。

『今夜は、どのような夜ですか』

 思わぬ問いかけに、二人は何と答えればいいのか一瞬だけ顔を見合わせました。そして色々と思いを巡らせた後で、異口同音に「クリスマス‐イブです」と答えました。

『そうです。今宵は、年に一度の聖夜。そして、今まさに日付は聖なる日へと変わろうとしています』

 声からは、満足そうな、楽しそうな、悲しそうな、怒っているような、ありとあらゆる感情を感じられました。それはまるで、聞く人の心の持ちようによって、どうとでも変わりそうなほどに。

『私は、全てを見ていました』

 少女はびくりとしました。それはあたかも死刑宣告のように聞こえたからです。

 けれど、その声はすぐさま再び『私は、"全て"を、見ていました』と言いました。

『娘よ。あなたは今夜、罪を犯しましたね』

 少女は「はい」と答えました。

『女よ。あなたは今夜、娘に罪を犯させましたね』

 お母さんも「はい」と答えました。

『それでは、あなた方の罪とは一体、どのようなものでしたか』

 声の問いかけに、二人は黙りました。やがて、答えは自然と浮かんできました。

「幸せな人々から、それを奪いました」

 少女が答えました。

「娘から、幸せな日々を奪いました」

 お母さんが答えました。

『その通りです』

 果たして、声は満足そうに認めました。

『では、もう一度、尋ねます。今夜は、どのような夜ですか』

 少女は、どうしてか、それが自分に対しての言葉だと悟りました。そしてしばらく考えた末に、自分だから答えるべきであろうことを言いました。

「子供達が一年で一番、お行儀よく、良い子であろうと努める夜です」

『それは、どうして』

「それは……」

 少女は一度だけ息を呑んでから、

「……プレゼントを貰う為です」

 そう答えました。

「子供達は、イブまでの一年間を良い子で過ごしていたご褒美に、神様からプレゼントを貰えます」

 本当は、それが神様からでなく、両親からのものであると娘は知っていました。だからこそ、彼女は出来れば言いたくありませんでした。いえ、「だけど私は、そんなものを望んでいません」と、むしろお母さんに聞かせる為に言おうとしました。

 しかし少女がそう言うよりも早く、声が『そうです』と告げました。

『娘よ。あなたは今夜までの日々を、良い子で過ごしていましたか』

「勿論でございます」

 答えたのは、お母さんでした。

「この子は、私にとって、この一年間だけでなく、生まれてからこれまでずっと、世界中の誰よりも素晴らしい子です」

 お母さんは胸を張りました。少女の手が、強く握られました。

『そうですか』

 すると声は淡々と告げると、

『ならば、あなたにもプレゼントを用意しなければなりませんね』

 少女とお母さんは、何を言われたのか、すぐには理解出来ませんでした。

『娘よ。今宵、あなたが奪った"幸せ"は、全て、そのまま皆の手元に戻っています。つまりあなたは、今宵、何も

 少女は、言われている意味が分かりませんでした。だって、少女は確かに沢山の罪を犯したのです。ましてや、その証拠は今でも食卓の上に載せられています。

『それらは全て、あなたが奪ったものでなく、私から贈られたものです。誰も、何一つとして失ってはいません』

 少女はもう、何も言えませんでした。お母さんが彼女の横で何度も何度も「ありがとうございます」と頭を下げていました。

『さて、女よ。これで娘の罪は晴れたわけですが。大人であるあなたの罪は、消えていません』

 少女はその言葉に、我に返りました。お母さんは全てを悟っていたのか、驚いていませんでした。

「待って下さい!」

 気付けば少女は、礼儀や良い子などということを全て忘れて、叫んでいました。

「お母さんは何も悪くありません。悪いのは全て、娘である私です」

『いえ。あなたの母親は、あなたから幸せを奪いました』

「違います! 私の幸せは、母から与えられたものです! 私の幸せは」

 一瞬だけ、少女は言うべきかどうか迷いましたが、言うべきは一生でただこの時であると確信しました。

「私の幸せは、神様にだって与えられたものではありません」

 少女は思いました。自分は今、何と罪深いことを言ったのかと。せっかく罪を消して貰えたのに、これでは意味がありません。しかしそれでも、少女は後悔していませんでした。

『ですが、娘よ。あなたは確かに、他の多くの人々よりも"不幸"なのではありませんか』

「はい。私は、もしかしたら、他の誰かよりも不幸なのかも知れません。ですが、同時に、私は確かにのです。そしてだからこそ、私はたとい不幸だと思っても、生きてこられたのです。お母さんが私を愛してくれなければ、私はただただ不幸な娘であったことでしょう」

『ならば、どうします』

「私は」と答えながら、少女はお母さんを真っ直ぐに見つめました。「お母さんと一緒に、罪を背負います。もしも今、私がほんの少しでも不幸であることが、お母さんの罪であると仰るならば、私も一緒にその罪を償います」

『それは、一生をかけて尚、償いきれぬものであるかも知れませんよ』

「構いません。もう二度と、プレゼントだって貰えなくても構いません。お母さんと共に生きられる日々こそが、私にとっては何よりの宝物です」

 少女がそう言うと、お母さんもまた、「恐れながら」と言った後で、顔を上げました。

「私も、一生をかけて償います。たとい残された命が限られていようと、天に召されるその瞬間まで、この子の幸せの為に罪を償い続けます」

『ならば、そうなさい』

 声がそう言った瞬間でした。黄金色の輝きが、ロウソクのようにゆらめいたかと思えば、少女とお母さんの体に触れて燃え移りました。そして驚いた二人が悲鳴を上げるよりも早く、その聖なる炎はかき消えます。やがて残されたのは、手足の傷が綺麗に癒えた少女と、また胸や体の苦しさが嘘のように消え去ったお母さんの体でした。

『あなた方は、これでもう、やまいを言い訳にすることが出来なくなりました』

 声は、まるでそれが二人にとっての"罰"であるかのように言いました。

 少女とお母さんは、最早、声もなく、涙を流しながら抱き合っていました。

 二人が顔を上げた時にはもう、そこには誰もおらず、部屋はいつものように暗くなっていました。けれどやがて夜が明けて、再び世界が明るくなるまで、母と娘は一睡もせずに、ひたすらお話しを続けていました。

 それからのことは、あまり多く伝わっていません。

 朝になり、少女とお母さんは銀器を持って、おそるおそる街へと出かけました。しかし、彼女達をとがめる人は誰もおらず、街は大きなクリスマス‐ツリーを始めとした華やかな飾りに彩られ、いかにもクリスマス当日の賑わいを見せていました。

 そこで二人は銀器を売って、その半分を恵まれない人々の為に寄附をした後、チキンを1羽と改めてケーキを買って、家に帰りました。

 そしてその翌日から、お母さんは仕事を探しに、毎日、街へ出かけました。少女もまた、もう二度とお母さんが病に倒れないようにと、懸命に働きました。

 その後の二人がどうなったのか、それは誰にも分かりません。

 けれど、それでも確かなことは、多くの子供達は今でも一年に一度の日に向けて良い子であろうと努力していますし、彼らの親もまたそんな子供達にさりげなくプレゼントは何が良いかと尋ねています。

 だとすれば、もしかするとそれこそが、少女とお母さんの日々の証であるのかも知れません。

〈了〉

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新釈 マッチ売りの少女 淺羽一 @Kotoba-Asobi_Com

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