新釈 かぐや姫

淺羽一

新釈 かぐや姫

 今となっては昔のことですが、竹取の翁というお爺さんがいました。お爺さんは野山に入っては竹をとり、色々な品を作ることを仕事としていました。

 そんなある日のこと、お爺さんがいつものように山で作業をしていると、数え切れないほどの竹の中に一本だけ金色に輝く竹が生えていました。

 恐る恐るお爺さんが近付いてみると、どうやら光は竹の内側から発せられています。何と不思議なことがあるものだと感心したお爺さんは、その中身を知りたくなって、最も強く光っている辺りを鉈でぱかりと水平に割りました。

 すると、信じられないことに、竹の節の中から現れたのは身の丈三寸ほどの可愛らしい人間の子供でした。

 おそらくまだ言葉も話せないのでしょう、大きな瞳をくりくりさせてあどけない笑みを浮かべるその姿に、お爺さんは「これはたまげた、こんなことは初めてだ」と驚きながらも、この子はきっと子宝に恵まれなかった自分達にようやく天から授けられた子供だろうと考えて、お婆さんの待つ家へと連れ帰りました。

 家に着くと、お婆さんもまた驚きつつも、大層喜んで、その日から山の麓の小さな家で三人の暮らしが始まりました。子供は女の子で、「かぐや姫」と名付けられました。

 かぐや姫はお爺さんの籠に入れられて色々な所へ遊びに行ったり、お婆さんのお手伝いとして家事をしたりしながら、すくすくと育ち、その背丈がお爺さんやお婆さんと並ぶ頃には、まさしく天女のごとく美しい少女へと成長していました。

 そして、いつしかかぐや姫の美しさは噂として近隣の町にまで広がり、ずいぶんと離れた三人の家にまでかぐや姫をお嫁にしようと沢山の若者が訪れるようになりました。しかもその中には、それぞれの町で有数のお金持ちや貴族の子息なども大勢いました。

 彼らはみな豪勢な手みやげを用意して、お爺さんとお婆さんに「かぐや姫に会わせてくれ」と頼みました。ですが、やっと授かった大切な娘を嫁に出してしまいたくなかった二人は、決してそれに頷きませんでした。その度に、若者らは「それならば、せめてこれをお渡し下さい」とかぐや姫の為に用意した着物や宝飾品を二人に押しつけ、次の機会こそはと願いながら町へと戻っていき、また或いは他の男の持ってきた贈り物の素晴らしさに自信を失い、仕方なく彼女を諦めて帰っていきました。

 やがて、そんな日々がしばらく続く内に、若者の中でも特に熱心で、また周りに負けず劣らず裕福だった五人の男が、自然と目立つようになってきました。

 さて、困ったのはお爺さんとお婆さんでした。二人がどれだけ断ろうとも、彼らはいつもいつも高価な品々を置いて行き、早く姫に会わせて下さいと家柄や身分にかかわらず頭を下げていくのです。かぐや姫と別れたくないが、かといってこのまま断り続けるのも気が引ける。お爺さんとお婆さんはどうしたものかと頭を抱えました。

 すると、悩む二人にかぐや姫が言いました、「どうぞ、次にその方々がいらした時は、私の前にお連れ下さい」と。

 そんなことをしては火に油を注ぐようではないかと戸惑う二人に対して、かぐや姫は「お任せ下さい」と美しく微笑むばかりでした。

 そうして遂に、五人が現れる日がやって来ました。どうせ今日もまた追い返されるのだろうと考えていた彼らは、いよいよかぐや姫と会えると知って大喜びしました。

 一人ずつ順に家の奥へと通された男の前には、絹製の幕を挟んで座るかぐや姫の姿がありました。直接に素顔を見られないとは言え、薄い布越しに透けて見える長い黒髪と、ほっそりとした影、澄んだ雪解け水のような声、そして何よりも外で待つばかりの他の男共に対する優越感から、彼らは皆、有頂天になりました。

 かぐや姫はそれぞれの男に言いました、「私は誰の下へも嫁ぐ気はございません。どうぞお諦めになって下さいまし」。

 けれど、誰一人としてそれに頷かず、それどころか以前にも増して強くなった想いを告げてきます。

 そこでかぐや姫は、改めて五人全員を部屋に呼び、彼らにこんな提案をしました。

「いつもいつも素晴らしい贈り物を頂き、心から嬉しく思っております。ですが、私にはとてもお一人を選ぶことなど出来ません。そこで、今から申し上げる品を、他の誰よりも早くお持ち頂けた方の下へ、お嫁に参りたいと思います」

 五人は一度だけ他の面々と顔を見合わせ、すぐに「分かりました」と承諾しました。彼らの全員が、絶対に負けまいという自信を溢れさせていました。

 かぐや姫はそれぞれの男に一つずつ、目的の品を言いました。それらは、仏教の宝として磨かずとも美しい光を放っていると言われる仏の御石の鉢、燃え盛る山に生息しどんな火にも燃やされないと言う火鼠の皮衣、大空と大海を自在に泳ぎ回ると伝えられる龍の頸の五色の珠、遙か彼方の蓬莱山に生えていると言う根が銀で茎が金で実が真珠で出来ている蓬莱の玉の枝、そして最後に燕の生んだ子安貝でした。

 あまりと言えば特別な品々に、さすがに初めは戸惑った様子を見せた彼らでしたが、やはり他の面々と顔を見合わせた途端すぐさま「分かりました」と告げ、誰よりも先に宝を手に入れようと足早に帰っていきました。

 それから、しばらくして。

 まず、最初に目的の宝を手に入れてきたのは、御石の鉢を求められた男でした。男はそれを手に入れる為に、わざわざ海を渡って仏教発祥の地である天竺へと赴き、かぐや姫の為に秘宝として大切にされていた御石の鉢を譲り受けてきたのだと言いました。

 そして男は、箱の中から綺麗な布でくるまれた鉢を取り出し、ゆっくりとその布を取り去りました。

 ですが、やがて現れたのは美しい光沢を持っているものの、単なる漆黒の鉢でした。

 お爺さんからそれを渡されたかぐや姫は、幕の向こうから男へと「これは光を放っていません。偽物ですね」と告げました。

 慌てたのは男です。実際、それは偽物で、彼の配下の者が近隣の山寺からそこに納められていた皿を取ってきただけだったのです。しかし諦めきれない男は、「いえ、それは長旅のせいでそうなってしまっただけです」と、何とか誤魔化そうとしました。

 するとかぐや姫はすぐさま「それでは、磨いて汚れを落としてみましょう」と返し、お爺さんが鉢を磨き始めました。けれど、当然ながらどれだけ磨いても鉢は一向に光り出しません。

 結局、その場で鉢を返された男は、それでもしつこくかぐや姫に言い寄ろうとしたものの、あっさりと無視されて、そのまま肩を落として去っていきました。

 次に戻ってきたのは、火鼠の皮衣を求められた男で、差し出された純白の毛皮は本当に見事なものでした。

 かぐや姫はさっそく「では、火を付けてみましょう」と言いました。対して男は、「どうぞ、そうしましょう」と自信満々に答えました。

 けれど、いざ本当にお爺さんがそれを隣室の囲炉裏の火にかぶせると、熱されれば熱されるほど白く輝くはずの皮衣は、あっという間に黒く煤けて穴が開き、とうとうめらめらと燃えてしまいました。

 驚いたのは男でした。確かにそれは、大陸より船でやって来た商人から大金を積んで購入した本物であるはずだったからです。

 「おそらく、それは偽物の品を扱う商人に騙されたのでしょう」と、気の毒そうに告げたのはお爺さんでした。自らも竹や、それで作った竹細工を売る仕事をしているお爺さんは、職人や行商の中に時折そう言った者が紛れていると知っていたのです。男にはもう返す言葉もありませんでした。

 三番目に訪れてきたのは、龍の頸の五色の珠を求められた男、その配下の者でした。どうやら、武家に生まれた男は自らの手で龍を倒し、その頸の中心にあるとされる、光の加減で五色に輝く珠を取ってこようとしたらしいのですが、伝承を頼りに龍を探す道中、船が嵐に襲われて失明し、はたまたようやく船を下りたら今度は奇妙な病に罹るなど、それはそれは悲惨な目にあってしまい、その結果、龍を見つけ出すどころか、かぐや姫への求婚も諦めてしまったのでした。

 四番目に現れた人物も、また本人でなく、それは燕の子安貝を求められた男の配下の者でした。配下の者が言うには、男はまず彼らに色々と燕の子安貝について調べさせ、ごく稀に燕が子安貝の入った卵を産む時があるらしいことを突き止めました。そこで男は彼らを使い、何とか燕の卵を手に入れようとしましたが、ただでさえ燕は高い場所に巣を作る上、人の目があると卵を産まない習性があり、なかなか上手くいきませんでした。そこで業を煮やした男は、役に立たない配下の代わりに自分自身で卵を手に入れようと、五階建ての塔の最上階に潜み、屋根の上に巣を作った燕が卵を産む瞬間を今か今かと待ちました。すると、夜になってようやく、男の頭上で一羽の燕が何かを産み落とす仕草をしましたが、それを手に入れようと慌てて欄干から身を乗り出した拍子に、足を滑らせ、そのまま地面へ叩きつけられてしまったのでした。その上、男の手の中にあった白いものは卵ですらなく、ただの糞でした。

 さすがに気の毒になり、かぐや姫が配下の者へ見舞いの和歌を託しましたが、その返事がくることはありませんでした。

 最後になったのは、蓬莱の玉の枝を求められた男でした。男は他の者が失敗したことを嘲笑うと、堂々とかぐや姫やお爺さん夫婦の前に「蓬莱の玉の枝」を差し出しました。

 何と、それは確かに伝説通り、根が銀、茎が金、実が真白の真珠で出来た、とても華々しいものでした。男は意気揚々と、「これであなたは私の妻となって下さるのですね」と言いました。

 かぐや姫は困りました。結婚など決してしたくありませんでしたが、断れる理由も無かったからです。そうして遂に、かぐや姫が男の求婚を受け入れざる得なくなりかけた、まさにその時でした。

 「最早、姫は私のものだ」と勝手に幕を払い、初めて目の当たりにしたかぐや姫の美貌に男が喜色満面で笑う中、突然、庭へ数人の職人がやって来たのです。しかも、その職人達はお爺さんも知る有能な者ばかりで、彼らは口を揃えて男に「その玉の枝を作った報酬を支払ってくれ」と言いました。

 いよいよかぐや姫を妻にめとれると思っていた男は激昂し、我を忘れて「お前達にはすでに一生暮らせる以上の金を支払っているだろう」と怒鳴りました。そう、男が持ってきた「蓬莱の玉の枝」は、彼が大金を使って職人達に作らせた偽物だったのです。けれど、職人達が言うには、それは単なる材料費で、自分達への報酬としては全く足りないと言うことでした。

 実の所、彼らがすでにどれほどの金額を貰っており、まだどれだけ足りないと不満に思っているのか、定かでありませんでしたが、少なくとも男が嘘を吐いていることだけは間違いなく。結局、五人目の男もかぐや姫を妻には出来ませんでした。

 こうしてやっと、お爺さん夫婦とかぐや姫の暮らしは落ち着きを取り戻せる、はずでした。

 しかし、現実はそうなりませんでした。かぐや姫の素顔を見た五人目の男が、その美貌が真実であると時の帝に語ってしまったからです。その結果、今度は帝がかぐや姫へと結婚を申し出てきました。

 町は帝とかぐや姫の婚姻の話で持ちきりになりました。なぜなら、仮に本人や家族が望んでいなくとも、帝からの求婚を断れるはずがなかったからです。

 確かに、かぐや姫と帝の結婚が決定した事実として語られたおかげで、他の男達は一斉にかぐや姫への求婚を取り下げ、お爺さんの家に贈り物が届けられることもなくなりました。けれど、もう間もなく、三人の生活が完全に終わってしまうことも確実でした。

 でも、そんな時です。町に、新しい噂が流れ始めました。

 天女さながらに美しいかぐや姫は、まさしく人の子でなく、次の満月の晩に月からの使者に連れられて天へと帰ってしまうらしい。かぐや姫は夜ごと満ちていく月を眺めては泣いているが、月の軍勢は強力で、抗うことは出来ないらしい。

 噂は商人から町民へ、町民から武家や貴族へ、やがては帝へと届きました。

「我が妻を奪おうとする者は、たとえ天であろうとも許さぬ」

 憤慨した帝はすぐさま兵を募り、数日後にやって来るという月からの使者を迎え撃つ支度を整えました。

 そして、遂にその日はやって来ました。

 大勢の兵を引きつれて朝から出発した帝は、昼にはお爺さんの家へと辿り着き、黄昏時にはもう完全にその辺りを兵が取り囲んでいました。ある者は槍の穂先を研ぎ、ある者は天へと向けて弓を構え、月からの軍勢を待ち構えていました。

 お爺さんとお婆さんは、堂々と敵を向かえんとする帝の姿に感心し、かぐや姫も己の為に集ってくれた者達の想いに心を打たれました。

 そこでかぐや姫は、はしたないことと知りつつも、帝だけでなく兵の前にも素顔を晒し、「今宵は私の為に、真にありがとうございます」と涼やかな声を響かせました。

 すると、これまで噂でしかその美貌を知らず、ましてや普段は自分達と同じく貧しい身分の女としか過ごしていなかった者達は、それが真実であったのだと改めて知り、かぐや姫と、姫を妻に出来る帝を声高に称えました。帝もまた、姫の美しさと、それまで以上に昂揚する兵の志気に胸を打たれ、決戦を前にして皆の気持ちは一つになっていました。

 お爺さんとお婆さんは、かぐや姫は何とも素晴らしい方と巡り会えたものだと大層に喜び、この戦いが無事に終われば娘と帝の結婚を心から祝福すると語って、集まってくれた者達の為に十分な量の飯を用意し、それを全員に振る舞いました。帝や兵達は勝利の前祝いとばかりに飯をたらふく食らい、戦の準備は万端でした。

 空には見事なまでの満月が上り、星明かりはその輝きに呑まれて見えませんでした。家の中からはかぐや姫が奏しているのでしょう、勝利を願う琴の音色が響いていました。

 戦いは、静かに、そしてあまりにも唐突に始まりました。

 突然、兵達がばたばたと倒れだしたのです。戦場はにわかに騒然となりました。

 一体どんな攻撃によるものなのか、敵の姿はまるで見えないのにふらふらと意識を失う兵の数は増える一方で、さしもの帝も焦りました。

 と、そこへどこからか声が上がりました。それはどうやら味方の一人らしく、「そう言えば、月の軍勢は不思議な妖術を使い、人を全て眠らせてしまえるらしいぞ」。

 それを聞いた帝が急いで作戦を変えようとした時には最早、全てが手遅れでした。

 急激な睡魔が兵だけでなく帝までを襲い、彼らは皆、抵抗虚しく次々とその場に伏していきました。

 彼らがはっと目を覚ました時、空はもう明るくなっていて、月の軍勢の名残は何処にもありませんでした。そしてまた、かぐや姫の姿もなく、弾き手のいなくなった琴の傍らには、姫の纏っていた着物と帝への和歌だけが残されていました。

 お爺さんとお婆さんはその場に泣き崩れ、帝もまた己の無力さに打ちひしがれ、残された着物と和歌を抱いてとぼとぼと町へ帰っていきました。

 今度こそ、お爺さんの家の周りには誰もいなくなり、静けさを取り戻した山の麓ではただただ老夫婦の泣き声だけが響き渡りました。

 と、その時でした。不意に、障子を叩く者がいました。直後、お爺さんとお婆さんは泣くのを止め、顔を見合わせて笑いました。

 「もう大丈夫よ、お爺さん、お婆さん」。障子を開けて入ってきたのは、驚いたことに、貧しい農民の格好をしたかぐや姫でした。

 お爺さんとお婆さんは普段の姿とまるで違うかぐや姫をすんなりと迎え入れると、急いで身支度を整え始めました。すでにある程度の用意は済んでいたのでしょう、竹を積んで運ぶ為の荷車は間もなく沢山の宝飾品や絹織物などで一杯になりました。

 それからお爺さんは、煌びやかな宝を覆い隠すように竹をくくりつけると、家中を散らかしたり泥で汚したりしました。それはあたかも、泥棒に家を荒らされた後の光景でした。

「さて、今回は少し噂が広まりすぎた。まさか帝まで出てくるとは。薬が足りるかどうか冷や冷やしたぞ」

「次は少し遠い場所へ向かうとしましょうかねぇ、お爺さん。お前も、それで良いわね」

「それなら、南の方はどうかしら。蓬莱の玉の枝を作った職人さんから聞いたのだけれど、あちらでは南蛮由来の宝石などが取引されているのですって」

 そうして三人は楽しそうに語り合いながら、また新しい土地へと去っていき。

 やがてその地では美しくも悲しい姫の伝説と、最愛の娘を失った老夫婦が絶望のあまりこの世から去ったらしいと言う話だけが、いつまでも語り継がれるようになりました。

〈了〉

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