最終話 最後まで君が愛しいから
「身体遺伝子ともに問題なしだってさ。今までありがとう」
まーくんの言葉。
それは私とまーくん自身にとっての寿命宣告でもある。
翌日昼、応急措置だの色々して私は退院。
例によって愛しの我が子はひと目見ることも出来ないのだけれど、これはまあ街区の決まり事だ。
むしろひと目見て離れられなくなるよりは温情のある措置なのかもしれない。
今日は特別な日なのでセンターもそれなりに厚遇してくれる。
なのでセンターが出してくれた台車で家へと帰る。
微妙に言う事きかない身体を動かして愛しの我が棲み家へ。
台車から降りる音で気づいたのだろう。
インタホンを押してもいないのにドアが開く。
愛しのまーくんが迎えてくれる。
彼はこの数年で身長も伸び、身体もがっちりしてきた。
今では背の高さは私よりちょっと高い。
それでも少年の頃の面影はやっぱり色濃く残っている。
私の大好きな大好きな、愛しのまーくん。
ギュッと抱きしめて抱きしめられて。
そして抱えられてブロックの中へ。
テーブルの上には御馳走が並んでいる。
大好きだったのに妊娠後期には匂いだけで駄目だったケーキ類まで。
他にも私の好物ばかり並んでやがる。
きっとまーくんが配給券とか色々貯めて、無理してまで用意してくれたのだろう。
そして悔しい事に、どれも美味しそうだ。
「ありがとう、まーくん」
まーくんは笑顔を向けてくれる。
「いっしょに食べよう。久しぶりに」
◇◇◇
そして食べて抱き合って色々話をして。
最後の夜の最後の時間がやってくる。
この街では寿命を迎えた人間はセンターに送られる。
でも遺伝子正常な子孫を2人以上作ったペアにはちょっとだけ特権がある。
命の自裁権だ。
まあ死後は結局センターに送られ解体され有用物資に加工されるのだけれどね。
でも折角だしこの権利は使わせてもらうことにした。
最後の最後までまーくんを感じていたかったから。
まーくんもそれに同意してくれた。
本当にまーくんにはわがままを言いっ放しだ。
ベッドの上のマットは今日専用のもの。
汚れがつきにくく丸洗い可能な特別製。
いつものマットや布団はセンターに返却した。
今着ている服や使った後の皿以外の家財道具も同様。
資源は有限で不足気味だしね、大事に使わなきゃ。
なので部屋は結構がらんとしている。
でもそれがこの部屋に来たばかりの頃を思い出させてくれる。
あの頃のまーくんは可愛かったよな。
今のまーくんも可愛いけどさ。
道具は私の右に置く。
私は仰向けになって、まーくんに上から抱きしめてもらう形にする。
これは私がまーくんに頼んだ。
最後は私の手で終わらせたかったから。
これが私の最後のわがまま。
まーくん、本当に今までありがとう。
私はまーくんを全身全霊で抱きしめる。
「ごめんね、ちゃんと愛せる状態でなくて」
私の体は出産後なのでちゃんと行為できる状態にまでは直っていない。
「カナがいればそれで十分だ。今までありがとう」
そんな私をまーくんは抱きしめ返し、愛してくれる。
唇が触れ合う。
色んな場所から直に感じる体温がすごく愛しい。
そう、このまま死んでもいいと思えるくらいに。
時計は23時55分位。
私達の許可寿命はもうちょっとだけ。
「あと5分位。怖いかな」
「怖い。でも、カナと一緒なら」
愛しくて思わず思い切り抱きしめる。
この街には神はいない。
この街には宗教はない。
この街には魂の存在等価値なんてない。
それでも思うし感じている。
この生が終わったこの先でも、今一体になっている温かい存在と一緒にいられればいいなと。
最後は右と左どっちにしようかなと考え、右寄りに決定。
まーくんの心臓直撃で苦しむ時間が最小限。
私も即死とまではいかないけれど確実なコース。
ちょっと痛い時間があるけどまあいいかな。
その分少しでもまーくんを感じていられるなら。
時報が鳴った。
私は彼に最後のキスをする。
彼に回していた右手を離し、用意していた長い長い刃物を握る。
そして私の体の上の温かい愛しい愛しい存在とともに私自身を……
FIN
最後の最後まで君が愛しい 於田縫紀 @otanuki
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