なほ恨めしき朝ぼらけかな

今日何度目のため息だろう。

まだ朝の8時15分、一時限目の授業すら始まっていないのに。

教室にいたくなくて、登校してすぐに図書室に来てから30分が過ぎた。

賑やかな教室より、静かな図書室のほうが好きだ。

それに、教室にはあまりいたくない。


幼い頃から本が好きだったから、図書室にいるのは楽しい。

いつだって本は友達で、知らない世界を教えてくれる。

最近は古典文学を読み始めた。

先週借りた「和漢朗詠集」を返却して、「枕草子」を借りた。


チャイムが鳴る2分前、仕方なしに教室へ向かう。

慌てて走ってくる、遅刻寸前の女子生徒は同じ部活の友人。


「おはよう。また寝坊したの?」

「まあね。そっちはまた図書室?」

「うん。」

「よく飽きないねーさすが読書家」


と言っている所で、後ろからやってきた担任の白衣のお姉さん(実際は三十路)に見つかり「はやく教室に入りなさい」と怒られてしまった。


そう、クラスに友達は何人もいる。

嫌いな先生がいるわけでもない。

勉強なんて、むしろ好きなのに。

なのに、どうしてだろう、あの教室に入ると息が詰まる。

多分、皆が面倒がって換気をしないからってだけじゃないと思う。



退屈な国語の授業。

推定五十代(自称34歳)のオバチャン先生の話は単調だ。

パラパラとめくった国語の資料集は小倉百人一首のページ、ふと目に飛び込んできた和歌。


あけぬれば暮るるものとは知りながら

なほ恨めしき朝ぼらけかな


恋の歌。藤原道信の後朝の歌。

「日が暮れればまた逢えるとは分かっている、けれど愛しい人と別れなければならない夜明けはやはり恨めしい」


夜に逢いたい人がいる訳では無いけれど、私も夜が待ち遠しい。

学校に行かず、好きなことが出来る静かな時間。

秋の夜、月の綺麗な、冷たい風に刈り取った稲の匂いがする夜は特に良い。




枕元で鳴り響く大音量の音楽、目覚まし時計が鳴っている。

ああ、また夜が明けた。

アラームの音楽は、ビゼーの「アルルの女 第1組曲」よりメヌエット。

明るく優美な旋律とは裏腹に、気持ちは沈んでいく。




「なほ恨めしきあさぼらけ、かな。」


そうして私は、また、夜を待ちながら一日を過ごす。


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