うたものがたり
見月 知茶
月見れば…
窓を開ければ夜風に乗って金木犀の香りが漂う。
例年より少し気温が低いせいか頬にあたる風は少し冷たい。
上弦の月がうっすらと霧がかった田園風景を静かに照らす。
「月見れば…」
小さく呟いた声は、金木犀の香りの中に溶けて消えた。
それは、今日の帰りのことだった。
県大会銀賞を最後に、中学時代から6年間続けた吹奏楽部を引退して丁度1ヶ月ほど経った。
それなりの進学校に通う私は、最近ではほぼ毎週のように受けている模擬試験を終え、試験会場の大学から駅に向かう所だった。
近道のために市民公園を通り抜けると、見慣れない制服を着た中学生らしき人々の群れがいくつも見える。
公園の隣のホールの前に立つ看板を見て理由が分かった。
【東関東吹奏楽コンクール】
コンクールの支部大会、中学生の部の本番が行われていたのだ。
自分や母校、縁のある人が出場しないためにすっかり忘れていた。
これでも、かつては吹奏楽部員として、この大会に出ていたのに。
部門は違えど ひと月前まで目指していた大会、中学時代に何度か出場した大会を忘れていたということにひどく驚いた。
金木犀が香る、夜空の月を見上げてふと頭に浮かんだのは、小倉百人一首の中の一つの和歌。
──月見ればちぢにものこそ悲しけれ
我が身ひとつの秋にはあらねど──
(月を見ると、色々と物悲しい気持ちになる。私ひとりに訪れた秋ではないというのに。)
ああ、引退したんだなぁ。
引退式でも実感が無かったけのに。
急に目の前が霞んだのは、きっと、月があまりに美しかったからだ。
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