春過ぎて
五月晴れの青空に木々の緑が映え、ベランダの向こう、遠くの山から風が渡ってくる。
久々に丸1日の休暇を得たというのに、
俺が大学近くのこのアパートに引っ越してきて、隣の部屋の夏希さんと出会ってから4年。
医学部に在籍していた彼女は、この春から近くの総合病院で若手医師として働いている。
文学部の俺には詳しく分からないけど、若手として学ぶ事や色々な仕事が多いのか、彼女はとても忙しい。
だから、部屋に帰ってくるのはいつも夜遅い時間だ。
先週は2晩連続で帰って来れなかったみたいだし。
「たしかに、めちゃくちゃ疲れるし、しんどいこともあるけど、ずっと憧れてた仕事だから。頑張るよ。」
そう話している時の彼女の顔は、とても美しい。
恋人として付き合うようになって2年、忙しい年上の彼女と会える時間はそう長くないけど、ここ1年くらいは時々、俺が作った夕飯を一緒に食べることにしている。
だってあの人、疲れていると栄養補給ゼリー、サプリメント、野菜ジュースだけで食事を済ませたりするから…
今日は、普段忙しくてなかなか出来ないという夏希さんの部屋の掃除を手伝っている。
才女と呼ばれる彼女の、唯一にして最大の欠点は整理整頓が苦手なこと。
夏希さんはベランダで数枚の白衣を干している。
五月晴れの日差しの中で、爽やかな風に揺れる白い衣と真っ白なシャツから伸びる腕が眩しい。
その向こうには日本アルプスの山々がそびえる。
ふと頭に浮かんだのが、持統天皇の和歌だった。
『春過ぎて夏来にけらし白妙の
衣干すてふ天の香具山』
遠くに見える峰は香具山ではないし、状況もだいぶ違うけれど、初夏の景色に白い衣が映えるのは、今も昔も変わらないらしい。
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