第六話:実戦想定演習


「───は───であり───」

「…………」

 試験結果が公開され機体を受け渡されてから、早くも一週間が経とうとしていた。


 その午前一時間目の座学講義のこと。

「あの、黒咲教官……」

「───ん、どうした?」

「いや、その……」

 李朱香が何かを言いかけたところで、横に視線を向ける。

「折原さん、講義中に食事してるんですけど……」

「……んむ?」

 その言葉に反応する碧徒は、もっきゅもっきゅとやたら可愛らしい咀嚼音を立てながら、講義中にも関わらず堂々と食事していたのである。

「あぁ、見ていて清々しいまでに堂々としてるから敢えてスルーしていた」

「いやいいんですかそれ!!?

ってかほぼ毎日こんなですよね!!?」

 彼が食べているのはドライフルーツなどを混ぜたペーストをビスケットでサンドしたもので、施設内の購買部で普通に売っているものだ。……

「まぁ良いではないか、どうせ大して頭に入ってないだろうし。

それに折原は、皆が飯にする時間をほぼ毎日シュミレーター訓練に当ててるんだぞ」

「それは、まぁ……碧徒さんの機体は特殊だから仕方がない話ですけど……」

 さりげなく貶されていた様な気がしたが、そんなことを構うことなく碧徒はビスケットサンドを口に運んでいく。

 確かに【疾風碧徒の機体】は空戦型というだけあり、普段自分もやっているAD用だけでなくSC訓練用のシュミレーターもやらねばならないというのを、少なくとも李朱香は知っていた。流石に休み時間を完全に削って訓練に充てているとは思いもしなかったが。

「まぁ強いていうなら、食事は小休憩時間にでもして欲しいとは思うな」

「はぁい」

 間延びしながら応えた碧徒は、最後の一口分を口に放り込み数回咀嚼して飲み込んだ。

「……まぁお前も頑張りすぎは禁物だぞ、折原。

たまには普通に食事するのだって───」

 あくまで助言のつもりで、雪姫がそう言うのだが、


「ダメだよ教官」


 遮られた。


「───は……」

「それはダメだ」


 そう続けたのは、他でもない碧徒だ。


「疾風は俺の機体だから、俺が乗りこなさないといけない。

だから俺は、もっとがんばらないと」

「……余程気に入ってるんだな、折原」

 そんな彼に、雪姫は

「だが……それはそれでこれはこれ、だ。

そんなんではいつか身体壊すぞ」

 そう諭す。碧徒はというと、むぅ、と膨れる様な表情を見せるが、

「今週末には実戦想定演習が控えているんだ。

体調管理は気をつけろよ、いいな?」

「……はぁい」

 少なくとも言葉では了解と応じていた。


「とは言ってもな、教官。

『実戦想定演習』つったって、AD教習用のシュミレーター使ってやるやつでしょう?

そこまで気合い入れてやるもんでも……」

 そう言いだす大河に、眼光を光らせた雪姫は、

「なぜ実機ではなくシュミレーターを利用するのか、その理由を三つ教えてやる」

 三の字を示した左手を掲げ、食い気味でそう切り出した。


一つ。


「実戦を想定するに当たってできる限り大規模な戦闘行動の実習を行いたいと思っている。

だが普通に実機を使って実地訓練をやっては色々危険すぎるし、何よりコストが掛かるからな。

あと事前準備や事後処理も面倒だ」


二つ。


「今回の演習は、大手ゲームメーカーの某企業がスポンサーと同時に技術サポートに入っている……要するに企業タイアップというやつだな。

その企業というのはシュミレーターの開発や、何よりXADの開発にも一部協力していて、そのデータ録りに協力する為も兼ねている」


そして、三つ。


「何より『コンピューターによるシュミレーション上である』ことの最大のメリットとして、というものがある」


「───まさか!!!」

 そこまででようやく察したようだ。

「あぁ、自衛隊の幾つかの特科部隊と在日の米軍と英軍が合同で演習することになっている」

 この演習の圧倒的な規模を。

「なんだよ……結構大規模じゃねぇか……」

 それを聞いた武尊が、とんでもないものを見せつけられたみたいな驚愕を示す中、

「へぇ……」

 意外なことに、碧徒も反応を示したのだ。




 だが、その当日になってである。


「そういえば、お前達に伝えておきたいことがある。

実はな……」

 朝に教官室に集められた五人に対し、雪姫が唐突にそう切り出したのだ。


「お前達は待機だ」


「……は?」

「───えぇっ!!?」

 碧徒と流華が反応を口からもらし、残りの三人もまた辟易とした表情を向ける。

「残念ながらまだシュミレーター用の機体データが出来上がっていない」

「あの……それって現時点でどのくらい仕上がっていますか?」

 李朱香が問い、それに雪姫は答える。

「内容は具体的に───重力補正に対しての機体バランス調整、機体運動のベクトル調整、各操作系統の調整に各動作の物理負荷値調整」

「ちょっと待ってください、それもしかしてほとんど全部じゃ……」

「……まぁ、正直に言えばだいたい全部だな」

 寧ろ外見テスクチャくらいしかまともに用意できてないんじゃないか?とも追加する。

「この二週間で何をやっていた、と言いたいのもわからなくはない。

だが実機の方の調整がようやく終わったところだったんだ。

結果的に後回しになってしまった、というのは落ち度だと認めるが……」

 そこまで雪姫が言ったところで、

「……じゃあ」

 そう、口を開いた碧徒が。

「一個提案なんだけど、いいかな」

「何だ、折原……?」

 雪姫に問い返され、彼女に進言するのだった。




 そんな問答が行われていたとは知らずに。

 定時となり、演習開始の合図が上がる。


『───来た!!!』

 それとほぼ同時に、防衛側こちらに向けて弾幕が展開された。


 演習に使われる仮想戦場フィールドは何かしらのモデルとなる土地はあるらしいがほとんどがオリジナルで作られたものらしい。市街地・田園・荒野・湿地・山岳地帯・海、そしてある程度の高度が確保された空。あらゆる地形が一通り考慮されていた。

 そのうち、彼らが配置されていたのは市街地の端。そこは自衛隊本隊が陣を置く山岳地帯の前にあたり、目の前に広がる荒野から侵略側が侵攻してくるところだった。


 撃ってくるのは侵略側担当をしている米軍の部隊。

 それに所属するADアーマード・ドラグーン【ジャガー】だ。

『───全く流石は米軍だぜ、こんなボカスカ撃ちやがって……ッ!!!』

『───あぁ、全くだッ!!!

こちとら残弾限られてるってのによ……ッ!!!』

 向こうの取った戦法は、戦力も火器も含め完全に『物量押し』のそれであった。


 ただの壁の両側に土嚢が積まれただけの無いよりはマシな物陰に隠れつつも、【閃雷】と【重雷】で編成されていた防衛部隊が手数に圧倒される中。

『おい、止せ渡辺ェ!』

 渡辺と呼ばれた隊員が、突出し始めた。

『何してんだお前!!?』

『いくらなんでも【重雷】じゃ……!!!』

「性能差じゃ不利なんだったら、もっと近づかないと……!!!」

 仲間からの静止をそう返して振り切り、だが。

「こんなはずじゃないのにぃ!」

 絶叫する渡辺。運悪く敵の銃撃で崩れた壁に躓いてしまい、彼の【重雷】はその場に停車してしまう。

 【重雷】が四脚型だったのが幸いだといえるが。

「ああもおおおうううう!!?」

 再度の絶叫。前脚が何かに絡まったのか機体が動かないらしい。

 そこへ数機の【ジャガー】が襲いかかる。

「あいつらさえいなければさあああ!!!

僕は幸せに生活できたんだよおおお!!!」

 唐突に悲鳴にも似た声で叫び出す渡辺。過去に何かあったのだろうが知ったことではない。

「あいつらさえいなければ……ッ!!!」

 呪詛にも似たその叫びを全力で上げながら、両腕に装備された40.0mm機関砲で射撃する。

 とはいえ【超高密度炭素複層複合繊維ナノラミネイテッドカードボード】装甲を貫徹し得る火力などある訳がなく、どれほど気迫を込めようが所詮は豆鉄砲程度でしかなかった。

「絶対許さんわ!!!

もうあいつら絶対許さないからなぁぁぁ!!?」

 発狂に近い金切声に変わる頃には既に残り数メートルの距離にいた。

 【超高密度炭素複層複合繊維】は、衝撃を受け流しきれない大質量級の攻撃―――例えば今【ジャガー】が持つ330kg級対物ハンマーなんか―――には滅法弱い。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 死を―――実際シュミレーションの為死なないはずだがそんな事は完全に頭の外に抜けていた―――覚悟していた渡辺。彼はその時、目を瞑り断末魔とばかりに絶叫していた。


 その瞬間。


 一際鈍く大きい音が響いた。


「……あれ……死なない……?」

 自分が死んでないことに気付く(そりゃそうだ)。

 途中、通信から『ふしゅぅぅぅゥゥゥゥゥうるrrrrrrrr……ひゅうぅ~……』という呼吸音なのか声なのかよくわからない音声が響き。

 何事かと恐る恐る目を開けると。


 一機の【ジャガー】を踏みつぶし、その上に立ちながら後退していく他の【ジャガー】に向け電磁砲を放つ白い【閃雷】の姿があった。


 他のIG所属機体は灰色な中、現れたこの機体の色は白。

 他部隊の機体も部隊に応じてカーキーや濃緑色、または所謂『陸自迷彩』だったりするが、白い機体は知らない。


 その『白い【閃雷】』のパイロットは―――

『───無事ぃ?』

 ―――折原碧徒だった。


『折原!!?』

『なんでお前が【閃雷】その機体に!!?』

 他の隊員達がその珍客に驚く中、特に気にすることもなく碧徒は渡辺機の足元に電磁砲を放ち枷となっていた残骸を退ける。

『俺だけじゃないよ』

『……へ───?』

 碧徒が放った応答。

『───うぉらぁぁぁ!!!』

 それに呼応する様に、橙色、赤色、黒と灰色の二色成形ツートーンと色とりどりの【閃雷】が現れた。

 それぞれ大河、流華、武尊である。



 それは先刻のこと。

「閃雷を使うのか?」

「うん」

 雪姫に問い返され、碧徒はコクリと頷く。

「専用機が使えなくても、使える機体を使えばいい。

準備が整う様なら途中で乗り換えればいいし」

「おう、それ良いな!」

「良いんじゃねぇの~」

 碧徒の発言に立て続けに便乗を試みるいつもの男達。

「……分かった。

それじゃ、全員それでいいか」

「―――待ってください!」

 そこに李朱香が待ったを掛けた。

「XADのセットアップ、私に手伝わせていただけないでしょうか」

「……お前が、か?」

「はい……多分私は、戦闘よりそっちの方が向いてると思うので……」

「……分かった、他に何か意見がある奴は……いない様だな」


 そうして、現在に至る。


『さてと、そんじゃ誰がどんだけ倒すか勝負しようぜ!』

『んじゃお先』

『―――んあ、てめぇ……!!!』

 冗談交じりに大河が放った一言に、本気か冗談か碧徒が一目散とばかりに最大加速フルスロットルで駆け抜けていく。それに後れを取りながらも、大河がそれに続く。

『アハハハ……』

 その光景に流華が苦笑いする中、

『よぉし、じゃあお前らァ!!!

気ぃ引き締めていくぞォォォッ!!!』

 武尊が音頭とばかりに吠えたてるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

IG - INSTANT GUARDIANS - 王叡知舞奈須 @OH-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ