第五話:超越する者
「───ふぁぁ……」
それは日曜日、雪姫が今から寝ようとしたところであった。
タブレット端末に届いたメールに気が付き、それを閲覧した瞬間───
「───は?」
彼女の表情が凍り付いた。
その内容とは───当初の予定にあった【閃雷】十機の他、別所から集められた【重雷】十機並びに技研から送られた新型機五機をこちらに送り届けるので試験結果よりそのパイロットを選出して欲しい、というものだった。
「今からやれ、っていうのか……はぁ……」
新型のデータを一通り拝みつつ。呆れて溜め息を吐きながら、雪姫は徹夜覚悟で事務作業を始めることとなった。とはいえ幸運にも、その懸念は杞憂に終わるのだが。
試験から三日後の月曜日。
午後の教練が終了した時、試験結果が伝えられた。
「───以上、10名には
一人一人、名前を読み上げていった上で、そう切り上げた。
「…………」
最初の10名は他部署から新型との交換により退役しこちらに送られた機体のパイロットに任命される者達。
「───以上、10名には
次に選ばれた10名は、【
だがそのどちらの中にも、碧徒の名は無かった。
それどころか小隊別総合成績が一番良かった筈の第一試験小隊の名前は誰一人として入っていない。
「そして、次に呼ぶ者に伝達がある」
そう切り出す雪姫。
「以下名前順で、
折原碧徒
斎藤武尊
麝香大河
穂村流華
それから―――」
呼ばれたのは、第一試験小隊の四人と、
「―――
以上五名は施設Eブロックにて集合、次第時間までその場で待機せよ」
「李朱香さん?」
「流華がよく話してる女子か?」
流華と仲が良いらしい女性。その五人だった。
巻波李朱香が流華と話す様になった切っ掛けは、やはり年齢が近かった為だろうか。
彼女は最年少の16歳である流華の二つ上である18歳。数少ない
ちなみにそんな彼女だが、折原碧徒という人物に対する印象は正直あまり良い方では無かった。
「一人だけ自己紹介どころか何も話さなかったからね……」
それは初日の、虚無を無理矢理ヒトガタに象ったみたいな風貌と態度から麝香大河に因縁つけられていた際だったか。その態度の悪さに嫌悪感を隠しきれず、そう評していたのを思い出す。
その後の一週間、彼女は流華以外の隊員にも打ち解けることができていた。やはりというか、碧徒と大河の二名を除いて。
だが。
例の奇行に走ったあの時───彼がADとの出会いを果たしてから、彼の印象はまぁまぁ良くなっていく。
とはいえ、流石に自ら進んで話しかけるのを気まずいと思うくらいには、まだ苦手な印象が抜け切っていないのも事実だが。
「それで……定時になった訳だが……」
そう切り出した雪姫───だが、その視界には碧徒と李朱香の二人しかいない。
「折原、あの三人はどうしたんだ?」
「さっきまで居たけど……急に催したらしい、です」
「そうか……」
その短いやりとりに李朱香は「あはは……」と短く苦笑いを浮かべていた。
その碧徒だが、相変わらずボサボサの長髪だが最近はその髪を襟元で束ねている。切らないのかと以前流華が聞いていたが「死んだ時にタグ代わりにすればいい」と返され、苦笑いを浮かべていたのを李朱香は覚えている。
集合場所とされた施設Eブロック───そこを碧徒は「体育館みたいなとこ」と表現していた。
確かにここは目測だが15mは高さがありそうながらんどうで、その高さ5mほどの位置にギャラリー状になった二階スペースがあり、件のメンバーはそこに集合となっていた。確かに的を射た表現ではあるが、
そして、その空間───ギャラリーから見てコート側の空間には、何らかの巨大なコンテナが五つ搬入されていた。
「───すみません、遅れましたッ!!!」
そこに響く流華の声。その彼に続いて武尊と大河もやってくる。
「いや……今回の指定時間は、諸君ら五人の貴重な自由時間を無駄にしない様にという私個人の配慮から早めておいたものだ。
君が気に病むことはない」
「は、はい……!!!」
「さて、ようやく全員揃ったな……」
そこまでで雪姫は一度切り返し、手に収まる大きさの端末を取り出した。
「なら早速、始めるか」
言いながら端末を操作したことにより、コンテナのシャッターが解放される。
「───これは……!!!」
「───ほあぁ……!!!」
「…………!!」
五人がそれぞれ一様に反応する。そこにあったのは。
「これは予算上限・量産化無視という元で作られた機体だ」
新型、らしい。見たことのない機体達だ。
共通の構造として、人のそれを思わせる双顔が顔にあるというのが印象的だった。
どの機体もまだ未塗装らしく、機体色は装甲材である【
ブースの関係からか胸から上しか見えていないが、色は一緒でもそれぞれ形状がだいぶ異なっておりそれぞれ独自の印象を与えていた。
「【XAD】……ADをも超越する存在───【
そう、短く説明が入る。
「斎藤武尊には汎用型機【XAD-001】───開発時機体コード【
武尊の目の前に各座する機体。
汎用型というだけあり、全体的に平均的な機体形状の様に思える。
「穂村流華には遠距離火力支援特化型機【XAD-002】───開発時機体コード【
流華の前に各座するは、インド神話の炎神の名を冠する機体。
それは華奢な印象の【黒龍鳥】と一転して相撲取りを思わせる重厚そうな外見をしていた。
現時点で武装は確認されていないが多数の火器を扱うのであろうことは想像に難くない。
「麝香大河には近接特化型機【XAD-003】───開発時機体コード【
続いて、大河の目の前の機体。
こちらは【黒龍鳥】と同じく細身の機体だった。
手甲部が肥大化して籠手の様になっているのが印象的な機体。
他、装甲の各所が刺々しく尖り、【黒龍鳥】よりも一層攻撃的な印象を与えていた。
「巻波李朱香には特務対応型機【XAD-004】───開発時機体コード【
こちらは一転して【産火精】の如く、太い逞しい印象の機体。
腕部は【黒龍鳥】と同じくらいの細身だったが胸部装甲、並びに肩部装甲が太ましい印象を与えた。何よりその肩部装甲上部から伸びたアームに接続された盾と思わしき装甲───ロケットを縦に半分にした様な印象の半円錐形をしたそれが、一層機体を大柄に見せていた。
そして───
「折原碧徒には、空戦対応型機【XAD-005】───開発時機体コード【
風に踊る精霊の姫───その名を冠された、碧徒の目の前にある機体。
【黒龍鳥】や【輝雷精】に近い細身の体格。その上二機と比べ装甲には装飾の類いと呼べる造形がほとんど無く、そのシンプルさがより際立っていた。
空戦対応型と呼ばれていただけあり、背中には飛行用のものであろう翼が折り畳まれている。大きい為に華奢な肩部装甲では隠れ切らず、正面からでもそれはかなり目立っているといえるはずだ。
だが、それ以上に目立つものが頭部にあった。
他の機体にはない特徴。それは───
───狼か何か、獣のそれを思わせる、一対の耳。
それが頭部に備わっているのだ。
「以上、これらの機体を貴官らに配当する!」
その宣言に、ただ変わらず機体を見つめている碧徒を除く四人はそれぞれの反応を示した。特に流華は今までの不安そうな表情から一転して笑顔を見せている。
「……と、いうところで本題は終わりなのだが、まぁ今日はもう訓練もない。
補給が済んでないから残念ながら動かせないが、せっかくだししばらく見ていても良いぞ」
「…………」
他のメンバーが言われずともとばかりにそうする中、碧徒だけはその場にいるまま目の前の機体を食い入るようにじっと見つめていた。
「どうした、折原」
「ん……」
軽く横目で雪姫を見やると、ようやく彼は口を開いた。
「しふりーね、だっけ?」
「……ん???」
「俺の機体」
「……もしかしてカタカナ苦手なのか?」
何を聞き違えたのか、微妙に違う名前を碧徒は呼び、雪姫は少しばかり困惑してしまった。
「その呼び名はあくまで開発側が『コンセプトに対して分かりやすいように』と付けた仮の名前だ。
就役時には別の名前にする予定だな」
そう応えつつも「とはいえまだ決まってないがな」と付け足した。
「俺がつけていいかな?」
「なんか良い名前でもあるのか?」
少し考えて聞いてきた碧徒に問い返すと、
「───」
碧徒はその名前を答える。
「───ほう、良い名前じゃないか」
すると突然
「───碧徒さん、僕のにも名前付けて貰ってもいいですか!!?」
「───流華、おまっ……ついでに俺のにも良いか?(便乗)」
「んじゃおれも便乗」
途中から聞いていたらしい例の三人も便乗し始める。
「えぇ……」
「李朱香さんもどうですか?」
「え、私は……!!」
流華に話を振られ思わず怯むが、
「いいよー」
「……まぁ……ご迷惑で、なければ……」
間延びした碧徒の返答に甘えつつ便乗することになった。
そうして、碧徒により。
XAD-001【黒龍鳥】は─── 【
XAD-002【産火精】は─── 【
XAD-003【輝雷精】は─── 【
XAD-004【翡水精】は─── 【
そして、
XAD-005【風精姫】は─── 【
と、それぞれ命名されることとなったた。
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