第2話 希望なき現実

 目を覚ました瞬間、さぞかしまぶしかっただろう。


 ――・・・・・・温かいな。――

と、貫之が感じたものは天井の灯りだった。白い白い真っ白な光だった。貫之は、その光の中にまたさらに強い光があるように感じた。それは、電球の光よりも、もっともっと優しい光だった。


 その光には、奥行おくゆきがあった。どこまでも、天までも伸びる奥が。


 永遠という言葉が相応ふさわしいものは他にはないと思われた。


 その光の中に、暗闇は存在しなかった。


 「よっと。」

と言って、上半身を起き上がらせる。身体の痛みは全く無かった。

――光音が治してくれたんだな・・・・・・。――

ただし、心の痛みが残っていた。


 それは、光音が癒しても取れないもの。光音ではまだ取れないもの。おそらく、これからも取れないもの。決して、決して。


 「あっ!ゆき君起きた〜。」

貫之が寝ていた布団の足下にいる光音に気づかれた。光音はさぞかし嬉しそうに貫之を見つめている。目を大きく開かせて。貫之は特にその目に応じることなく、平均よりも細い目で光音に視線を返した。


 「そこにいたのかよ・・・・・・。」

「うん!そうだよ!私は淡雪荘で唯一ゆいいつで一番の看病役だからね!ちゃんと、ず〜っと見ててあげてたんだからね?」

「まあ、そうか・・・・・・。ありがとな。いや、寝てたけどな。」

「ま、まあね〜。」

えへへと付け加えて、人差し指で頬をかく。


 なぜか光音は元気だった。この場合は空元気からげんきと言った方がいいのかもしれない。先ほど――あの1件からどれくらいの時間が経ったかは貫之にはわからないが。――、あんな光景を涙ぐまりながら見ていたというのに。その疑問は貫之も感じたようだった。そのいぶかしさが、色に出てしまっていたのかもしれない。


 「ゆき君、大丈夫?もう痛みは無いはずだけど・・・・・・。」

「大丈夫だよ。ありがとな。・・・・・・それより、お前こそ大丈夫なのか?あんな光景見ちゃって。・・・・・・ごめんな。俺があんな性格じゃあなければ・・・・・・。」

「いやいやいやっ!元々は私があの人たちにぶつかっちゃったのがいけないの・・・・・・。ほんとにごめんね。ゆき君にばっかり辛くて苦しい思いをさせちゃって・・・・・・。でもねでもね・・・・・・、


 彼女はもしかしたらこの後、後悔すると思った。この言葉を選んでしまったことに。しかし、光音は・・・・・・、自ら決めた。ゆっくりと告白するように。


 自分を犠牲にしてまで、私たちを守ってくれるゆき君は・・・・・・大好きだよ。」

涙ぐんでそう言った。涙が光音の頬を伝いながら、流れていった。やがて、それが口元まで達した時、それはしょっぱかった。


 貫之には、何もできなかった。ただ、それを見つめ尽くすことしかできなかった。


 言葉を掛けてあげることすらできなかった。目を合わせることしかできなかった。



 貫之は思い出したかのように、言い放った。光音は、涙を手の甲でぬぐっている。

「そういえば、・・・・・・」

どうして、貫之は最初に聞かなかったのだろうと疑問に思いながらも口にした。

「なんで、俺、ここにいるんだ?誰が運んできたんだ?」

「ああ、それはね・・・・・・、」

「あたしだよ、あたし。」

新しい声のする方へ顔を向けると、そこには只水音がいた。入口の柱に寄りかかっている。


 「あたしがあそこからあんたを運んできてやったんだよ。感謝しな。」

軽く頬を赤らめながら話す只水音。それを、いつもの眼差しで見る貫之。最も目を輝かせていたのは光音だった。



     ***



 なんということもない会話が途切れ途切れ続き、それが終わりかけた時、只水音が口を開いた。

「あんたもさあ、あんなむきになることなかったんじゃあないの?」

「それは自覚してるんだけどさあ、ついああなっちゃうんだよ。」

「ゆき君めっちゃ怒ってたよね。めっちゃって言うよりめっさ怒ってたね。」

「なんであっちからぶつかってきたのに、俺らのせいになるんだよ。絶対おかしいだろ。」

「それが世のことわりなんだから仕方ないだろ。なんだ?あんた今までずっとあんな感じでやってきたのか?それなら、よくここまで生きてこれたな。」

「なんの皮肉だよ・・・・・・」

「だってそうだろ?」

「・・・・・・」

――なんか、お前らがああいうことされるのがすごい腹立つんだよ。まあ、言えないけどさ・・・・・・。――


 光音が発した。なんの脈絡も無く。

「まあ、やっぱり物事は臨機応変にだね。今回はゆき君が悪いわけじゃあないのは知ってる。もちろん、私たちも。だけど、悪いことを指摘するのと、悪いことを制御するのとじゃあ全然違うよね?むろん、私たちには制御する力、目に見えない力が目に見える力を制御しちゃってるからね。」

「つまり、あたしらは・・・・・・

彼女は確信していた。

弱いんだよ。」


 そして、貫之は確信していなかった。だからこそ、もろかった。だが、これだけは確信していた。

――ああ、そうか、結局俺は、一番弱かったんだな。――

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カタルシス ここ @makkuakasaka

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