第1話 希望とは何か

 ただ、気まずかった。


 彼らは、何をするにも気を遣わなければならなかった。



 彼らは、これまで歩いてきた道を迷っている。何度も何度も繰り返しては、苦しんでいる。


 彼らは、これから歩む道を恐れている。自分を出せず、他人に合わせることしかできず、自ら傷ついている。


 彼らは、今歩いている道に希望が持てない。ただ、無心に歩いているだけだ。なにもかも信じることができない。自分の存在意義いぎがわからない。今も昔も、きっと将来も。


 つまり、彼らの時間軸の中には光と呼べるものが一切無い。


 では、どこでそれらを見出すのか?答えは無い。否。その疑問自体が間違っている。


 彼らは希望きぼうなどという幸せに満ちた言葉とはかけ離れすぎていた。


 もし、仮に彼らが希望だと思うものを持っていたとしても、常人から見ると、つまり客観視すると、それらは失望である。彼らにとっての希望は、常人にとっての失望である。


 彼らはなにもわからないまま、どういう経緯を辿たどってこうなったのか知らないまま差別されている、あやつり人形みたいなものだ。


 そもそも、彼らに人権が与えられていないのだから、彼らを人形と呼ぶには相応ふさわしかった。



 彼らは闇を無にすることしかできなかった。


 彼らの歩く道は闇だと定義づけられ、この町のおきてに洗脳され、人々には理由もないのに不快ふかいに感じられた。


 彼らが光を与えようとしても、人々は闇としてしか受け取れない。受け取る側の感じ方によって光か闇かが決定されるならば、やはり彼らの行為すべてが闇であった。


 光を与えようとしても闇しか与えられていないならば、やはり無にすることしかできないのである。


 彼らが犠牲になるのは必然であると、誰もが考えていた。もしくは、無意識のうちにそうなってしまう。そうなってしまっていた。


 

 彼らの人生は生きていなかった。


 生きている人生とは、家族に恵まれ、財産に恵まれ、地位に恵まれ、名利みょうりに恵まれ、食に恵まれ、友に恵まれ、恋人に恵まれ、学問に恵まれ、あらゆる才能に恵まれ、なにより、光に恵まれ、時に失敗するとしてもそれをかてにして強くなっていく、そういう人生だとするならば、彼らの人生はやはり生きていなかった。



 彼らの命は生きていなかった。


 命が生きているというのは、自我があり、自律して自立して、その人であるという自己同一性を持ち、というようなことであるならば、やはり彼らの命は生きていなかった。


 彼らは人権が与えられていないが故に、人ではなく、ものである。人々に使われるものである。


 彼らは、人に使われ、自我を貫くことができない。


 彼らは、世間で雇ってもらえないから自立もできない。


 彼らは、人ではない動物として扱われていて、大きくひとまとまりで能力者としてだけ捉えられているが故に、独自性を持たない。持てない。


 彼らを定義づけするならば、彼らは他の動物や虫と同じ程度である。極端な話、殺されても構わないのだ。人々の生活を妨害するのだから。


 彼らは、魂は持つが、命がない、そのような生き物である。


 ただ、息をしているだけの、存在する意味を持たない何か・・・・・・。



     ***



 今もそうだ。彼らは何も悪くない。むしろ人々の方が悪かった。なのに、何もできない。

「ごふっ!」

紀乃貫之きのつらゆきの左頬は赤くれていた。彼は3人の人々に囲まれて、集団暴行を受けている、そんな状況だった。



     ***



 その少し離れた先に、2人の少女がただ立ち尽くしていた。

「あぁ・・・・・・、ゆき君・・・・・・。」

と言って、彼女は1歩進みかけたが、肩をもう1人の彼女に掴まれ、制された。掴まれた彼女は一瞬震え上がった。何に恐れたのかは彼女にもわからないが、なぜか鳥肌立ってしまった。


 振り向き、顔を合わせるが、もう1人の彼女は首を振り、否定の意を示した。彼女は目頭に雫を浮かべ、もう1人の彼女の方を見つめ尽くしている。



     ***



 その傍で、まだ一方的な暴行が続けられている。

「文句でもあんのか?あ?」

「お前らが俺らにぶつかってきたんだろ?」

「なんか言えよ!この野郎!」

口々にそう言いながら、囲んだ中心にいる貫之を躊躇ちゅうちょなく蹴っていく。


 貫之は為されるがままだった。彼もまた、この町の掟に虐げられているのかもしれない。

彼は殴られるたびに「ごふっ!」、蹴られる度に「がはっ!」という鳴き声をあげている。


 通り過ぎていく人は横目で見ながら、何もないかのように過ぎ去っていく。それは、汚物を見るような目だった。



     ***



 その傍らで、もうその光景を見られなくなってしまったのだろうか、彼女はもう1人の彼女の胸にうずくまって泣いていた。


 悲しみの泣き声をあげて・・・・・・。


 もう1人の彼女は拳を握りしめ、歯ぎしりをして、彼らをただ見つめていた。見つめることしかできなかった。怒りに満ちたその目と、何もできない悔しさに満ちた瞳孔。


 まるで、今は彼女がもう1人の彼女を抑止しているようだった。


 否。お互い動けないようにしていたのだ。ただ単に、均衡を保ち続けていた。



     ***



 「腹立つんだよなー!!」

まだ蹴られ続ける貫之。

「くそっ!神経に触るなー!!」

まだ蹴られ続ける。

「こいつっ!うぜえなっ!」

まだ。

「くたばれよっ!」

まだ。


 「こいつ殺していいか?それから、後であの女の子たちと遊ぼうぜっ!」

貫之の血が逆流し始めた。彼は、発言者の方をにらむ。

「あ?なんだこら?文句あんのか?」

権威、もとい人権を持つ者からの威嚇いかくに貫之は屈することなく睨み続ける。


 「文句あんなら親に言いな!」

貫之のいきどおりが増した。

「お前らはな!所詮しょせん俺らに遊ばれるためだけの道具なんだよ!人じゃあないならものだ!ほらよ!俺らのために精一杯せいいっぱい奉仕しろや!」

完全に貫之の逆鱗に触れた。


 貫之は発言者に超高速移動で近づき、腹に1発拳を食らわし、吹っ飛ばした。

「ぐはっ!」

ただし、貫之は傷つきすぎていたため、威力も低く、二次攻撃へ移れなかった。

ずどっ!

「がはっ!」

ずどっ!ずどっ!

「ぐっ!がはっ!」

貫之は嘔吐した。苦しみながら、2、3歩後退する。


 「やってくれたな。」

とだけ言い残し、2人はもう1人を抱え去っていった。


 そこには倒れた貫之とただ立ち尽くしていた2人の少女しかいなかった。


 通り過ぎる人は彼らに目もくれず、過ぎ去っていく。まるで、彼らがそこにいないかのように。


 まるで、彼らが外にいる虫であるかのように。

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