理不尽すごろく

脳幹 まこと

理不尽すごろく


「すごろくやろうぜ」とケンジが声を掛けてきた。

 特にやることもなかったので、誘いに乗った。

 二人だけですごろくというのも面白みがないので、アキラとジロウにも同行してもらった。

 少し古臭いようにも思えるが、四人もいれば楽しめるはずだ。

 プレイヤーが揃ったところで、ケンジがA3用紙を広げた。これが手作りのすごろく盤という訳か。少し凝った造りとなっており、ふりだしとあがりのマス目以外は、各マスごとに上から画用紙が覆っており、詳しい情報が見えないようになっている。(一部しか糊付けされていないので、めくって中を確認できるようになっている)

 用紙を取り囲むように座り、サイコロを中央に置いた。

 準備が整ったところで「親番やりたい奴いるか」とケンジが言った。少し変に思えた。普通、すごろくのルールからして、先に行動出来た方が有利なのだから、順番決めはじゃんけんか何かで決めるものだと思っていたからだ。

 推察されるのは――マス目の中に罰ゲームまがいの動作、何かの物真似だったり、無茶振りが書かれているというケースだろうか。こういう場合、勝ち負けよりも過程に意味が出てくるので、順番というのはあまり関係なくなる。

 残る三人が動かないので、止む無く僕が手を挙げた。あまりにえげつないものなら、断ってしまえばいい。ケンジはニコニコしながらサイコロを握らせた。

 こうしてゲームが始まった。

 サイコロを転がすと三の目が出た。僕を示す赤いおはじきをふりだしから三マス進める。細切れの画用紙をめくってみると、「ふりだしに戻る」という文章が記載されていた。

 指示に従い、おはじきを元の場所に戻す。僕はあちゃあと顔を覆いつつも、内心はホッとしていた。アキラもジロウも早速の「ふりだし」に対して「ひどいすごろくだあ」だなんて言いながらも、少しばかり緊張が解けたらしい。まあ、ケンジはアキラとジロウにとって――顔見知り程度の間柄なのだから、ぎくしゃくした空気でもおかしくはない。

「次は俺がやるよ」とアキラ。僕からサイコロをもらい、振る。目は四であった。青いおはじきを進めていく。「さあて、何が出るかな」と先にある紙をめくる。

 その指示は――「ふりだしに戻る」。ほんの少し、時間が止まった。アキラは苦笑いを浮かべながらおはじきを元の場所に戻した。ケンジはニコニコしたままである。

 そろそろとジロウが手を挙げる。アキラからサイコロをもらう際に、二人が行った目くばせが、何ともやるせない結末を暗示していた。

 結果は果たしてその通り、ジロウの結果も「ふりだしに戻る」であった。目は一である。もう、誰も何の反応も見せなかった。すっかり鉄面皮のようになってしまった友人二人。

「全部ふりだしじゃないよね」と、僕はくぎを刺した。ケンジは何も答えない。

 ジロウは手早くサイコロを中央に置き、少し遅れてケンジが手に取った。

 サイコロを振る。目は俺と同じ三。おはじきを動かすことすらしなかった。

 次の手番は僕だった。サイコロを振る。目は五であった。

 一縷の希望をかけて、五マス先へと進み、覆っている画用紙をめくる。

「ふりだし」が見えた時点で、僕はケンジに向かって怒鳴りつけた。

 しかし、ケンジは笑顔を崩さない。一体何がおかしいというのか。

 アキラとジロウはすっかり引いてしまい、逃げ出したい空気を全面に出していた。

 これ以上は彼らにも迷惑がかかる。お開きにしなくてはならない。

 立ち上がろうとしたが、ケンジに腕を力いっぱい引っ張られてしまった。思わず睨み付けたが、彼の顔はまったく変わらない。


「まだ何も始まっていないじゃないか。みんなふりだしのままだ。始まってもいない内に終わるなんて無しだ」


 朗らかな顔でこんなことを言われるのだ。お腹と頭が真剣に痛くなってきた。まだ、二と六があるが――とても「ふりだしに戻る」以外の指示が出るとは思えない。

 次の手番はアキラだが、彼らに振らせるのは申し訳なさすぎる。アキラとジロウはパスという名目で飛ばしてもらった。これで、ケンジの番である。

 サイコロを振った。四の目だ。意味がない。

 次は僕の番だ。正直パスしたいところだったが、すべての目の先が「ふりだし」であることさえわかれば、屁理屈のこねようもないだろう。さっさと二と六を出せばいいのだ。

 振る。三。駄目。次、アキラ。パス。ジロウも同じ。ケンジ、振る。五。駄目。

 僕、振る、一。駄目。次、アキラ、ジロウ、パス。ケンジ、振る。四。駄目。

 僕、五。ア、ジ、パ。ケ、三――

 こんなことを数巡している内に、六の目が出た。誰が出したのかは分からない。だが、別にいいのだ。結論は「ふりだしに戻る」であったのだから。

 残りの二の目はその数巡を数倍してようやく出た。出目運が悪すぎるというのもあるが、正直流れ作業だったので、二の目が出たのに次の手番に回してしまったという可能性はあるかもしれない。

 ともかく二マス先の画用紙をめくる権利を得たのだ。これで、ようやく一から六のすべての可能性を試すことが出来る。これが他の目と同じ結果だったら――ここから逃れる術はないことが実証される。

 こうなると不思議と緊張するもので、めくる指には汗がにじんでいた。人差し指と親指でそうっとめくってみる。

 そこには「ふ」とあった。これで確定だ。僕たち三人は安堵していた。これで、このゲームが茶番であることが立証されたのだ。

 自信を持って立ち上がろうとする僕の腕は、またしても力強く引っ張られた。


「まだ何も始まっていないじゃないか。みんなふりだしのままだ。始まってもいない内に終わるなんて無しだ」


 またしてもこの言葉だ。始めようにも始まれないゲームなんだから、どうしようもないじゃないか。

 正論を述べる僕に対して、ケンジはポケットからあるものを取り出した。


 それはサイコロであった。ただし、面は六つではなく、二十ある――

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