シュガースティックを待ちながら

@tanukids

シュガースティックを待ちながら

 ―――お前が深淵を覗くとき、深淵もまた此方を覗いているのだ―――










 レンガ敷きの広場には乾いた土埃が舞う。私は突き刺さるような日差しを赤白ストライプのパラソルで避けながら、待ちぼうけを食らっていた。


 そう、ブラックが飲めないのだ。コーヒーと一緒にシュガースティックを持ってくるのを忘れた娘は、てへっと笑って一礼し、かけ戻って行ったきり帰ってこない。店先のテーブルに残されたのは真黒の濁り水。


 手持ち無沙汰にスプーンで静かにその闇をかき混ぜてみる。時計回りの緩やかな流れは次第に小さな渦へと収斂して、最後にはぽっと消えた。シュガースティックはまだ来ない。


 ふと我に返ると、辺りはすっかり暮れて暗闇の中に一つ二つと雪がちらついている。冷たい空気が肺の奥をつついて、私は短く身震いした。レンガの上にうっすら積もる雪が音を吸い込んで、沈黙は深まるばかり。


 幻想的な世界に見いられたようにコーヒーカップに口を近づけていた私は、はっと気付いてソーサに荒々しく置いた。八つ当たり気味にスプーンで無茶苦茶にかき混ぜる。いくつもの流れがぶつかりあって、なくなった。シュガースティックはまだ来ない。


 遠くで男たちの野太い勝鬨が聞こえて顔を上げる。明るく光る櫓から、手のひら大の焔の塊がぽとりと落ちて、辺りは再び静寂に包まれる。パラソルの向こう側には無数の星が瞬いていた。


 もう流石に飲んでしまおうかと思案した私はカップに湛えらた深淵を覗きこんでみた。何もかも吸い込んでしまいそうな底の見えない闇。あ、と小さく叫んでみると波紋が立ったっきり声は帰って来なかった。


「ごめんなさーい。お待たせしました」


 はっとして振り返えれば、待望のシュガースティックを持って娘が声を掛けている。


「遅いよ」


 さっきまでごった返していた広場に、人通りは全くない。意味をなさないパラソルと一緒に突っ立っている娘に苛立ちをぶつけてやる。


「コーヒーなんて出したの、久しぶりですから。今どき、こんな苦いだけのお湯飲む人いないですよ」


 悪びれる様子もない娘を分かった分かったと追い払うと、私はスティックの先を切って一気に砂糖を注ぎ混んだ。美しい純白が雪のように降り注いで、闇が少しづつ晴れていく。


 カップを持って一気に飲み干す。芳醇な香りが味覚を刺激し、脳に直接働きかけてきた。しかし何か足りない。漠然とした不満足。だからこそ、またここに来るのだろう。またコーヒーを頼んでしまうのだろう。今度こそ。今度こそきっと。昇り始めた朝日の眩しさに意識を奪われながら、私はそう思った

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