第5話

「準備は出来たか?」


 頭にはヘルメット、各種プロテクターを装着し、腰には枝や草払い用の大型ナイフ、背中には大型のザックを背負うという出で立ちをした半蔵は、同じ装備をしている後輩のグッチに問いかけた。


「俺はいいっすけど……先輩、猟銃なんて持っていたんすか」

「まあな。言っておくが、ちゃんと狩猟免許も持ってるぞ」


 二人の装備に差異があるとすれば半蔵は猟銃を肩掛けに、グッチはザックの他に大きなボストンバッグをマウンテンバイクの荷台に括りつけているくらいか。


「何でそんなものを」

「職にあぶれていた時にな。ほら、ウチの実家があるの田舎だしよ、狩猟免許があれば狩猟で小遣い稼ぎできるんじゃねえか? って思ってな」

「それで?」

「そんな簡単にいくわけねえわな」

「ですよねー」


 グッチは乾いた笑みを浮かべた。


「って事は、その銃は」


 グッチの笑みはそのままに顔色だけが若干悪くなる。


「おう! あまり銃の腕には期待しないでくれ!」

「威張る事じゃないっす」


 半蔵はグッチのツッコミをさらりと躱しつつ、真剣な面持ちで森の中を見据えた。


「最終確認だ、今回の目的はチェックポントの設置と、この森から脱出して例の村落の人との接触。いいか?」


 グッチは同意とばかりに背負っているボストンバッグを片手で叩いた。


「よし、行こう。新天地が俺たちを待っている! えいえいおー!」

「おー」


 二人の気合は十分。だが掛け声は、二人だけでは緊張感に欠けた物になったのであった。





 出発から一時間後、二人は森のど真ん中でチェックポイントの設置に精を出していた。

 場所はちょうど村落の位置と拠点小屋との中間地点、小型のチェーンソーで細い木々を伐採し、比較的平らな地面に深さ1メートル弱の竪穴を掘っていた。


「グッチー、これくらいの穴でいいか?」


 半蔵は竪穴の底から頭だけを出して、地上で装置の組み立てをしている後輩に声をかけた。グッチは90センチ程の高さの円柱に、三つ脚の土台が付いたようなものにタブレットを接続し、その画面と睨めっこをしていた。


「先輩これなんすか、軍事用の機材じゃないっすか。どうやって手にいれたんっすか」

「社長のツテでな」


 グッチはセットアップの終わった装置を慎重に竪穴の底に居る半蔵へと手渡す。それを受け取った半蔵は竪穴の底に装置を立て、その上に掘り返した土を被せていく。


「ソレの販売元曰く、理論的にはこれ一つで関東全域をカバーできるらしいし、こうやって頭の先だけ出していれば太陽光で半永久的に動き続けるらしい」

「完全にSFアイテムのそれですよね」

「第一世界の科学力の粋を集めて作ったって言ってるから、あながち間違いでもないんだよなあ」

「そんな物を作ってる会社にツテのある社長、マジで一体何者なんすか?」

「社長は、社長だ」


 半蔵は特に良い言い返しが浮かばず言葉を濁した。半蔵本人も社長の人脈の広さとコネクションの多さには舌を巻く思いであった。


「――よし。これでどうだ」


 半蔵は折り畳み式のスコップで埋め立てた辺りを二、三度叩く。ちょうど、装置の黒色の頭頂部だけが地面から顔を覗かせている状態だ。


「電波強度に問題はなしっすね。本当に大丈夫なんですかね? 言っちゃあ何ですけど動物に蹴られてすぐ壊れそうじゃないっすか?」


 グッチはタブレットの操作を終わり、チェックポイント装置の頭をまじまじと見つめる。


「象が踏んでも壊れないらしいぞ」

「それの元ネタの筆箱、落としたら割れるらしいっすけどね」


 さて、と、半蔵がザックを背負い直したその時であった。


「キャアァァーーーーー!」


 女性のような甲高い叫び声が森の中を木霊した。


「半蔵先輩!?」


 半蔵は気付くと、その悲鳴がした方角に向かって走り出していた。

 半蔵は走る。肩や腿に当たる小枝を無視し、進路を妨害する地表に迫り出した木根を飛び越え、一心不乱に走り続ける。

 半蔵がその場所に辿り着いたのは、野犬……というには大きく、狼と呼ぶには小さい犬型の動物がローブを頭からすっぽりと被った人物に襲いかかろうとしていた、その瞬間だった。

 ローブを被った人物は半狂乱に叫びながら両手で握り締めた刃物を矢鱈滅多に振り回す。その人物の周りを囲んで、3匹の暫定:狼はぐるると喉を鳴らしている。

 狼の一匹がローブの人物に向かって飛びかかる!

 ローブの人物は及び腰で目測も付けずに手に持った刃物を振り回した。運がよかったのか、飛び掛かって来た狼の耳を傷つけながら、本人はバランスを崩してその場にへたり込んだ。


「マズイな」


 半蔵は小さく呟いた。狼を中途半端に傷つけてしまったので激昂して先ほどより敵意が増していた。

 半蔵は急ぎ、担いでいた猟銃を構える。アメリカ製のマガジン式ボルトアクションライフルで、スコープは付いていない。スコープを付けていた方が猟には向いているのだろうが、今回の目的は探索のための護身用であって肉を得るためではなかったので、嵩張るアタッチメントは外していたのだ。

 半蔵はコッキングレバーを上げて、薬室内に弾丸が装填されていることを確認する。彼はレバーを下げそのまま射撃姿勢を取り、照準を定めた。彼が射撃姿勢を取った頃に、傷ついた狼もまた、獲物に襲い掛かる準備を終えていた。狼は仕留め損なった獲物に向かい、跳躍する。

 半蔵は息を細く吐く。肺の中の空気が半分になったくらいで息を止め、発砲。

 銃弾は宙を駆けていた狼の首筋に命中し、その胴ごと叢の中へと弾き飛ばした。

 けたたましい銃声が辺りに反響する。完全にマグレ当たりであったが、当面の窮地は脱したように思えた。

 半蔵はローブを着た人物の安否を確認したかったが、敵はまだ2体もいるのだ、逸る気持ちをぐっと堪え、腰に提げていたポーチの中からマガジンを取り出し、ライフルに装着する。

 狼たちは今の攻撃で完全に標的を半蔵に定めていた。半蔵は出来うる限りの速さでコッキングレバーを引き、薬莢を排出する。それを隙と見たのか、2匹のうちの一匹が彼に飛び掛かった。

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会社の倉庫の先は森だった あぷちろ @aputiro

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