第4話
グッチがキャンプ用品プラスαを購入して職場に戻って来た頃には、天辺にあった太陽はたいぶ傾いていた。太陽の数や光の種類も地球上となんら変わらないのだ、半蔵が口にした“自分の頭がイカレてる説”も俄かに現実味を帯びてきた事を彼は考えないようにしていた。
「それにしても流石は先輩っす。数時間で小屋を一人で組み立てちまうなんて」
「まあ、ここに来るまでこれが生業だったからな」
グッチが絶賛するの無理はない。彼が職場に戻って異世界への扉を開けると、先ほどまであった筈の木々がなくなり、代わりに広いカーペット敷きのリビングになっていたからだ。
「倉庫にあった部材で適当に囲って床をフローリングの端材で適当に覆っただけだけどな」
そう言って半蔵は床に敷いているカーペットを捲る。その下は色も形もちぐはぐなフローリング材が敷き詰められていた。
小屋の壁際には枠を鉄パイプで補強された“開かずの扉”が鎮座している。半蔵が少しでも不慮の事故の可能性を潰そうと試行錯誤した跡だ。
「とにかく雨風をしのげて物を置けるスペースを確保って思ってな。壁もあとでやり換えるから、手伝えよ?」
壁面をよく見れば四面とも別々の素材のものであった。それでも多少の風ではびくともしないし隙間もない。短時間でしかも単独でこれだけの小屋を作れるのは驚嘆に値すると言っても良いだろう。
「元内装屋でもこんなに早くは出来ないっすよ……」
繰宮半蔵は、元は内装工事を受け持つ会社に勤めていたのだが、十数年前、現社長に手先の器用さとその将来性を見込まれヘッドハンティングされアラキ技術研究所に転職する。この数年後に入社してきたグッチと共に、『技術研究所』という名称通りに古今東西様々な建築技術や製造技術を、仕事を通して学んできた。その結果、社長の目論見通り半蔵の器用さと作業の速さは世界一と言っても過言ではないほどに洗練されていったのだ。
「それで後輩よ、頼んでいたモノは一通り買って来たか?」
「ああ、勿論っす。キャンプ用品店の品物を片っ端から買ってきました」
グッチは開けっ放しとなっている扉の向こうから台車に山積みとなったキャンプ用品を小屋の中へと運び込んだ。
テントや寝袋、BBQコンロにザックなどのオーソドックスなキャンプ用品から、アイゼンや杖などの登山用品まで、サバイバルをするのには困らない程度の装備が小屋の中へ運び込まれた。
「あと頼まれてたマウンテンバイクは会社の外に置いてますんで」
「ああ、サンキューな」
半蔵はグッチが購入してきた装備一式を確認していた。
「さっそく明日くらいから探索します? どうせ仕事なんてありませんし」
「いや、本格的な探索は来週からにしよう。それまでは拠点周りの整備だな」
「なんでっすか?」
グッチは逸る気持ちを抑えきれない様子で不満げに半蔵に訊き返した。
「探索するのにも迷わないようにするのは大切だろ? その為にビーコンやらチェックポイント設置用の機材を発注したんだが、届くのは来週になるって言われてなあ」
チェックポイント用の機材というのは、第二世界開拓時にも使われていた個人で設置、管理が可能なお手軽基地局みたいな物の事だ。『平らな場所を見つけて設置するだけで簡単快適に電波通信!』というCMが一昔前に流行っていたのが記憶に新しい。
半蔵が発注したのはそれの上位版とも言えるもので、電波の強度が高く、大容量バッテリーと太陽光発電により最低限の手入れのみで長時間稼動が可能な優れものだ。
この機材があれば、ビーコンとタブレットで拠点の位置と自分たちの位置を随時把握することが出来るようになるのだが、どうも、第二世界の方で大陸単位の大規模なイベントをやることになって、生産が追い付いていないらしいのだ。
「っつー訳だから、グッチはチェーンソーで辺りの伐採な」
「わかりましたっす……」
グッチは落胆した様子で、とぼとぼと職場倉庫からチェーンソーを担いで小屋の周りの木々を伐採しに行った。
グッチも、アラキ技術研究所に入社してから社長の無茶振りをこなしていたお陰でチェーンソーの扱いには慣れていた。本人は『こんな無駄技能、この会社以外じゃあ使う事ないっすよ』と愚痴を溢していたが、よかったではないか使う事があって。
そうして、異世界への扉発見から一週間が経った頃、本格的な探索が始まるのだった。
一週間のあいだ、二人は交互に異世界にある小屋周辺の開発を行っていた。二人で当番制にしたのは、不意の来客等で“扉”の存在を知られない為であった。
半蔵が当番の時は小屋そのものの改修及び動物避けの電気柵の設置を、グッチが当番の時は周辺の木材の伐採とドローンによるマッピングを。さらにその合間に新しく購入した移動手段であるマウンテンバイクの練習をしていた。
何故マウンテンバイクを移動の足として選んだのか、理由としては車などの大型の物は倉庫の扉を潜る事が出来ないというのが最たる理由であったが、ガソリンや電気(もしくは水素)を現地で補給できる保証が全くと言って無かったからだ。折衷案で原付という案もあったのだが、原付の場合森の合間を縫って走るには安定性が心許なかったし、燃料を常に荷台に括り付けて走行というのも安全性に欠けるということで、人力ながらも悪路走行に適しているマウンテンバイクになったのである。
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