第3話

 「これやっぱ警察に言ったほうがいいんすかね?」


 職場の二階、事務所にあるデスクの上でグッチは首筋に氷を押し当てられたように冷静な態度で半蔵に告げた。半蔵と同様にグッチもある程度騒いだり叫んだりした後、二人は状況を整理すべく元居た事務所へと戻っていた。


「どうなんだろうな、こういう事態に対しての法律とか別にないはずだしな」


 半蔵も同様に真剣な表情で思案する。

 二人して騒いでいる内に分かったことがある。まず、扉の向こう側の世界は異世界でほぼ間違いないということ。これは電波が全く飛んでいなかったことが決め手だ。この地球上において電波が全く飛んでいない場所というのは電波暗室くらいしかないからだ。

 次にあの扉の状態はスイッチ《入れ替え》可能だったということ。鍵を閉めた状態でドアノブを捻ると異世界へ、鍵を開けた状態で捻ると通常の倉庫の一室へといった風に。偶然の産物にしては随分都合の良い仕様になったものだと、二人は感心していた。


「まあ、警察に話したところで信じてくれないだろうしなあ」

「そうかもしれませんね……」

「大体、あの世界が異世界である確証なんて無いんだ。もしかしたら俺たちの頭がどうにかなっただけかもしれないしな」

「それはそれで嫌ですけどね」

「警察に通報するのはあの世界について探索してからでも遅くはないのではないか?」


 半蔵はややこじつけぎみに話を強引に進める。


「さては通報するつもりないっすね先輩」


 グッチは苦笑しながらも半蔵のその考えには納得できた。なぜなら彼もまた“未開の新天地”という場所に心躍らせずにはいられないからである。


「それでだ、グッチ後輩よ、お前さんドローンもってたろ?」

「ええ、ここにありますよ?」


 そう言って、グッチは机の一番下にある引き出しから4つのプロペラが付いたドローンを取り出した。胴体の部分には小型カメラがあり、そこから送られた映像を同期させたタブレットから見る事が出来る高性能品だ。


「それを、あそこで飛ばしてみねえか?」

「あの森の中で、ですか」

「空からの視点でなら村か街かを見つけられるかもしれないだろう? さあ、善は急げ調査開拓も急げだ」


 半蔵はドローンを肩に担ぎながら調子よく事務所を後にした。




「行け! 雷鳥四号!」

「人のモンに勝手に名付けないでくれませんかねえ」


 半蔵は数年前の児童向けテレビ番組で使われた曲を口ずさみながら手元のタブレットを操作してドローンを飛ばしている。勿論、場所は異世界(疑惑のある不思議空間)だ。

 扉を抜けてすぐの場所では木々が多すぎてドローンを飛ばすには向かず、二人は其処から数百メートル離れた場所にある、大木の切株付近で空の探索を始めるのであった。

 未開の土地では迷って元の扉があった場所に戻れるか心配であったが、黄色のビニール縄を扉近くに打った杭に縛りつけ(杭と縄は元々倉庫にあった)、それをここまで引っ張って来たので恐らく大丈夫だ。

 半蔵とグッチは二人仲良く手元のタブレットを覗き込む。画面の手前には緑の眩しい森が画面奥には黄色に輝く草原。こんな優美な風景を望むのは地球にいては見る事すら叶わないだろう。


「先輩、そこでゆっくりと旋回してみてください」


 半蔵はグッチに指示され、ドローンを上空30mほどの地点でゆっくりと旋回させた。グッチはゆっくりと右から左へ流れていく映像を食い入るように見ている。


「そこ、戻してくれませんか」


 ドローンの旋回が3周目に突入したくらいだろうか、グッチが唐突に言い放ったのだ。


「こうか?」


 半蔵はその言葉に従って、半周程ドローンを戻した。


「そこ、拡大してくれませんか」


 彼の要望に従って画面を拡大した所、何か人工物の集まりのようなものが見えた。その集まりの傍には小規模な林があり、その所為かドローンの位置からではとても発見しづらい場所であった。


「これは……村か?」

「どう見たって街っていう規模じゃあないでしょう」

「高度を下げて……操作範囲ギリギリまで近づくっと」


 半蔵がドローンを操作して暫定・村の周辺へとカメラを向けると、確かにそこでは人の営みがなされていた。

 日本の限界集落よろしく10軒の木造住宅がちらほらと畑の合間に建っているくらいの小さな農村であった。


「でかしたぞグッチ!」

「それほどでも。先輩はもちろんあの村とコンタクトを取るんですよね」

「勿論だとも」


 ドローンからの情報を見るに、ここから精々3kmから5km程の場所になるらしい。


「グッチ後輩、貴殿に重要任務を言い渡す。キャンプ用品一式とその他役立ちそうなモノ全部買って来い!」

「アイアイサー船長キャプテン! ――経費でおちますよね?」


 グッチは姿勢よく敬礼をしつつも若干不安げ呟いた。


「社長も巻き込めばよかろうて。あの人なら『もっとやれ。なんなら線路引いちゃう?』くらい言いそうだしな」


 アラキ技術研究所社長の、所員達からの評価概ねそのようなものであった。破天荒で好々爺。しかしながら締める場所ではきっちり締める人格者であった。


「それで先輩は何をするんですか? まさか一人だけ悠々と事務所で優雅なティータイムとか許しませんよ!」

「アホウが。俺だってそれくらいは弁えておるさ。俺はお前よりはるかに重労働な事をやるんだよ」

 半蔵の口調はうんざりとしたものであったが、反面にその表情は嬉々としていた。

「建築系のゲームでよく言うだろ? 『ゲートは石で囲め』と」


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