第2話

「そんなに戦いたいならゲームでもすればいいんじゃないっすかね……あ、半蔵先輩、今ス○ブラやりましょうよ、ゴリラオンリーで」


 グッチは某花札屋発売のベストセラーゲームが好きなのか、暇がある時を見つけては半蔵を巻き込んで遊んでいる。その影響か半蔵自身のプレイヤースキルも中々のものになっていた。


「ゴリラオンリーとかリアルファイト前提じゃねえか……。いいぜ、その勝負受けて立つ!」


 半蔵は勢いよく啖呵を切り、事務所の片隅に設置されたテレビ台の下からゲーム機を取り出す。半蔵が勤めている会社、アラキ技術研究所は国からの助成金で成り立っているような零細企業だった。それ故に繁忙期でも閑散期に係わらず仕事している時間より、こうして別の事をする時間の方が勝っていた。それは事務所の中が娯楽用品で溢れるようになる要因の一つであった。


「おい、準備が……」


 半蔵がテレビ台の前から立ち上がろうとした時だった。床がぐらりと揺れたのだ。

 地震だ。半蔵は若干の危機感と完全に慣れてしまった日本人的な慣性でもって、冷静にゲーム機を机の上に置いた。

 揺れは数分程度続いた。大きな揺れ方ではなかったが長く続いた為、船から地上へ降りた瞬間のように足元が揺れ続けているような感覚が残っていた。


「長かったな」

「ええ、久しぶりでしたね」


 グッチは椅子から立ち上がりテレビの電源を入れる。チャンネルをニュース番組に合わせると、画面上部に地震速報が流れていた。


「震源は……N県っすか。意外と近いっすね」

「だな。あー、一応倉庫を見に行ったほうがいいか。物が落ちてたりしたら大変だし」


 半蔵は面倒くさそうに事務所の床を見た。半蔵たちの居る事務所の階下には倉庫があり、仕事に使う様々な部材が放置されているのだ。


「俺も行きます」


 グッチは後輩らしく先導して事務所の扉を開いて出て行く。半蔵は先輩らしく悠々とグッチの後に続いた。

 資材が雑多と置かれている倉庫の被害は然程多くはなかった。精々、棚に置いてあった、無くなりかけのナットを容れた容器や、中身が少なくなっていたスプレー缶が数個落ちていたくらいだった。


「こういうの捨てないといけないんだけどなあ」


 半蔵はスプレー缶を取り上げ、元にあった場所に戻した。近いうちに大掃除をしなければならないなとそう思った。次に大地震が来たら物が大量に崩れ落ちる様子は想像に難くなかった。


「去年も同じような台詞を聞いたような気がしますよ?」


 グッチの返しに半蔵は苦笑いを浮かべた。いざ大掃除! と一念発起してもゴミ屋敷一歩手前と化した倉庫の前に立つたびに気分が萎えるのだ。


「“開かずの扉”の方みてくるわ」


 半蔵は自分の不利を悟ると、そそくさと倉庫の奥へと進んでいった。

 “開かずの扉”とは倉庫の端にある大して使い道もないモノを詰め込んだ一室の事である。定期的に社長が入室しているので別に開かずの扉ではないのだが、2人の間では何故かそう呼ばれている。

 半蔵は懐からキーチェーンを取り出しドアノブを捻った。ガチリと油の切れた金属音がする。


「ン? 鍵壊れたのか?」


 この部屋にはそこそこ貴重な物品もあるので常時施錠のはずだ。しかし、鍵も差していないのにドアノブがすんなりと回ったのだ。半蔵はドアノブを最後まで捻ってドアを押し込んだ。

 中々に重い鉄製のドアを開けると、そこに広がっていたのはうず高く積み上げられたゴミの山……ではなく青々と木々が生い茂る森林であった。


「……ハ?」


 半蔵は眼前に広がる光景の突拍子の無さに数秒、思考が停止した。

 彼は今一度、扉を閉めて後ろを振り向く。背後ではグッチが地面に転がっている真鍮のポールを壁に立てかけている最中であった。

 半蔵は恐る恐るもう一度ドアを開けた。

 やはり眼前に広がるのは森林であった。さわやかな深緑の香りが鼻を通り抜け、木々の合間からチチチと小鳥の囀りが聴こえる。頭上を生い茂る葉の隙間からは透き通る水色の空が広がり、その中心では太陽が燦々と輝いている。


「夢、じゃないよな」


 半蔵は目を擦ったり自分の頬を引っ叩いたりしてこれが現実の光景なのか再確認する。

 一通り試して現実世界であることを認識すると、半蔵は一歩、恐るおそる扉の框を跨いで得体の知れない大地へと足を踏み出した。


「おお!」


 足元から感じるのはしっかりとした土の感触。半蔵はその場で飛んだり跳ねたりと子供のようにはしゃぐ。一頻りはしゃいだ後、半蔵は冷静になって今の状況を顧みた。


「これってもしかしなくても『異世界に繋がった』ってヤツだよな……」


 最初の異世界第一世界との接触により、この世界にもふとした拍子に偶発的に異世界への“門”が生成される事があるらしい。世界的に見ても三十年かそれ以前に一度あったきりで真偽は定かではないし、理論的に有り得るというだけなのだが。


「とりあえずグッチにも見せるか……」


 半蔵は再び扉を閉め、倉庫で作業をしている己の親友を呼びに戻った。


「おいグッチ」

「ああ、先輩。“開かずの扉”の方はどうでした?」

「面白い事になってる。まあ、付いてこい」


 半蔵はにやけ面を隠そうともせず、グッチの背中を押す。


「大抵先輩がそういう顔をするときって碌な思い出が無いんですけど」

「まあまあそう言わずに……開けてみろ」


 そうぼやくグッチを無視して半蔵は彼に扉を開けるように促した。グッチは渋々、“開かずの扉”のノブを捻った。


「な、な、なんじゃこりゃああああああ」


 グッチの叫び声は半里先の住宅地まで響き渡ったそうな。

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