会社の倉庫の先は森だった
あぷちろ
第1話
紅白の横断幕が風にはためく。
青々と緑草が風にそよぐ平原の上、五十数名ほどの団体がひと集まりに事の次第を見守っていた。
段々に組まれたベンチには色とりどりの礼服に身をつつんだ男女がひそやかに談笑をしている。
男は――山高帽子を深く被ったその男は深呼吸をするように胸を張り、周囲を見渡す。
地平線の向こうまで平原を横断するように一直線に走る鈍色の鉄骨が二本。延々と伸びる銀線は、見る者がみればそれが線路だという事は一目瞭然である。
だが、この線路は完成をしていない。男の立つ場所、一つの枕木が未だレールに固定されておらず、四方形の小さな穴がぽっかりと木目の中心に空いているのだ。
男と同じような恰好をしたもう一人が、彼に手に金色に輝く釘と木槌を差し出す。
男は緊張に歪んだ貌で周囲のギャラリーへ二、三声発し、注目を一身に受け止める。彼は金の犬釘を枕木に空いた穴にあてがう。そして、大上段から木槌を振りかぶる。
男ひとり、繰宮半蔵はこれまでの経緯に想いを巡らす――。
時は20XX年、世界は核の炎に包まれた!! ……なんて事は一切なく、寧ろ世界は愛と
二度の世界大戦を経て、片手で数えられるほどの小競り合いはあったものの、地球上で『戦争』と呼べるようなものはここ数十年の間にこれっぽっちも勃発しなかった。2度も世界大戦をやったのに、それからは闘争そのものを忘れてしまったかのように国同士が手を取り合い、平和への道を歩み続けたのだ。
何故、それまでいがみ合っていた国同士が手を取る事が出来たのか。簡単な事だ友よ、戦争なんかしている暇が無くなっただけだ。
その事件が起こったのは1950年、ポツダム宣言が発布されてから5年。世界が次の戦争の準備を始めたそんな時だった。アメリカ、旧ソ連、エジプト、中国、イギリスの5か国の首都上空でほぼ同時に『空が裂けた』のだ。比喩でも何でもなく、突如雲一つなかった青空が裂け、その隙間からおどろおどろしい色をした空間が顔を覗かせたのだ。そして、その亀裂の中から軍艦が1隻……5つの亀裂から1隻ずつ合計5隻出現した。
人々は驚愕した。そりゃあいきなり空が裂けてそこから空飛ぶ軍艦が現れたんだ、だれだって自分の正気を疑う。ある者は銃を手に取り、ある者は防空壕へ逃げ込み、またある者は神に泣きながら祈り縋ったという。大勢が固唾を呑んで成り行きを見守る中、空飛ぶ軍艦は広域に向かってこう発信した。
『私たちは異世界から来ました』と――。
この事件は後に“未知との遭遇元年”と呼ばれる出来事になった。それからなんやかんやあって、(――本当になんやかんやあったらしいが、当時の記録は厳重に統制管理されている為、一般には殆ど公開されていない。)我々は異世界へ渡航する事が出来るようになったのだ。異なる世界の発見、さらにそこへ至る渡航技術。この二つは世界に渦巻く災禍の火種を吹き飛ばすには十分な大発見であった。人々はその膨大な利益に歓喜し多くの希望を抱いた。新大陸がいくつも発見されたのと同じで、しかも大した労力もかけずに往来できるとなれば皆こぞって異世界開発の事業に乗り出すのは自明だろう。
勿論、その際にどこぞの馬鹿な2大国は利権を独り占めしようと画策したのだが、我々とファーストコンタクトをした異世界の人間……通称、第一世代外地探査船団によって粛正され、全国家平等に異世界航行及び未知の資源、技術は齎された。
まあ、端的に言うと異世界から
「平和すぎてつまらん」
藍色の作業着を着た成人男性、
「いいじゃないっすか、平和。平和にのんびりとお仕事。最高じゃないっすか」
そうのたまった男は、半蔵の後輩で部下で親友の
「身体は闘争を求めているのだよ、グッチ後輩」
「なら情勢が不安定な世界にでも旅行してくればいいんじゃないですかね、半蔵先輩」
グッチは半蔵の冗談なのかそうでないのか分からない言葉を軽口でいなす。
「それだと死んじまうだろうが。それに俺たち一般市民が旅行しにいけるのは第一世界か第二世界だけだ」
半蔵は彫りの深い石膏像じみた容姿で眉間に皺を寄せる。対照的にグッチは日本人形じみた無表情のまま携帯端末を弄り続けていた。
第一世界というのは我々とのファーストコンタクトを果たした『船団』が来た世界のことである。第二世界は異世界航行のテストをしている最中に発見された無尽蔵とも言える資源が埋蔵されている無人の世界の事だ。前者は快適安全に異文化交流を楽しめ、後者は広大な大自然を堪能できる。もちろんどちらも情緒不安定な部族や、発狂したカルト集団なんかいないごく普通でごく平凡な観光地だ。
国の発表ではこの2つの他に数個の異なる世界を観測しているらしいが、一般市民には当然観光の許可なんて下りる筈が無い。前述の世界も、国から渡航が許可されるまでに三十年かかったという。だから、おいそれと浪漫を求めて三千里、もとい異世界へ。なんて簡単には出来ないのである。
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