スキンシップ症候群
霜天 満
スキンシップ症候群
「先輩、スキンシップ症候群って知ってます?」
「は? 何それ?」
隣の席の後輩が突然、妙なことを言い出した。残業で疲れてるのか?
夜の9時半、社内に残ってるのは自分と後輩のふたりだけだ。
「正式には『接触分泌性ホルモン欠乏症』っていって、定期的に人とスキンシップを取らないと発作が起きて、最悪死に至る……っていう、最近見つかった病気なんですけど。ニュースで見たことありません?」
「いや。ないわ。今はじめて聞いた」
なんだその病気。定期的に人とスキンシップを取らないと死ぬ?
ちゃんと食べて寝てりゃ、人間は寂しくても死んだりしないだろ。
変な冗談はやめろ。
そう言ってやろうと顔を向けたら、いつになく真剣な表情の後輩と目が合った。
思わず、仕事の手を止めて向き直る。
「……で、なんだ突然? なんで今、そんな話を?」
「先輩、実はその……」
よく見ると、なんだか後輩の様子がおかしい。
少し呼吸が荒く、息苦しそうだ。
心なしか目も赤くなっているように見える。
「おい。どうした。どっか具合でも悪いのか?」
「……」
後輩が無言で頷く。
……やれやれ。どうやら本当に具合が悪いようだ。
「だったら、今日はもうおとなしく帰れ。仕事はまあ、どうにかなるだろ」
「いや、その、先輩、実は……」
言いづらいことでもあるのか。
後輩はこちらの目を見て、何かを訴えてくる。
「おい、本当に大丈夫か? もしかして、救急車呼んだほうがいいか?」
「いえ。違います……。先輩、その……さっきの話、覚えてますか?」
「さっきの話? スキンシップ症候群がどうの、とかいう話か?
定期的に人とスキンシップを取らないと死ぬ、だっけ?
何で今そんな話を……っておい。まさかお前……」
「その、まさかなんですよね……」
おいおいおい。
さっきの話、冗談じゃなかったのか?
本当にそんな病気があるのか?
そんで、今こいつが具合悪そうなのは……。
「えーっと、その、あれだ。薬とかないのか?」
「……有効な薬がないのが、この病気の厄介なところでして……」
「えーっと、それじゃあ何か?
まさか実際に人とスキンシップを取る以外に発作を治める方法がない、とかじゃ……ない……よな……?」
「……」
おい。何か言えよ。
あと上目遣いはやめろ。
「……マジで?」
「……マジです」
「……やばいの?」
「……やばいです」
「……えーっと、恋人に電話して来てもらうとか」
「……恋人いないです」
「……家族とか」
「……家族はみんな地元です」
「……手をつなぐとかじゃダメなの?」
「……それで済むなら、困ってません」
「……」
「……」
おい。
無言で両腕を広げるな。
「……」
「……!!」
いや、本当に具合が悪いのはわかった。
わかったから、その目はやめろ。
「あーもう。ったく……今回だけだからな?」
後輩が無言でうなずく。
だからそんな目でこっちを見るな。
……変な気分になるだろうが。
こうなったら仕方がない。
観念して、椅子から立ち上がる。
上体をかがめて、後輩の背中に手を回す。
軽く触れたところから、シャツ越しに体温が伝わってくる。
「……」
「……先輩、もっと」
おい。しがみつくな。
いやわかった、わかったから。
発作がつらいのはわかったから。
「……こうか?」
「……もう少し」
あーもう! これでいいのか?
……!? こいつ、意外と……!
「……」
「……」
あー。なんかいい匂いがしてきた。
どんなシャンプー使ってんだこいつ。
残業中でも香りが続くとか、CMかよ。
「…………」
「…………」
あー、なんかもう。
こういうの久しぶりで、むしろこっちがやばいわ。
いつまで続くんだこれ。
「……………………」
「……………………んー」
……おい。なんだ今の。
「おい。いつまでこうしてればいいんだ?
そろそろ治まったんじゃないのか?」
「……んー?」
「いや、だから発作だよ。発作。人とスキンシップ取れば治まるんだろ?」
「あはは。やですよ先輩。そんな病気、あるわけないじゃないですか」
「……は?」
こいつ、今なんつった?
「おい待てコラ。ってことはこれは……」
「ふふ」
おい。首をかしげるな!
かわいくしてもごまかされんぞ!
というか、お前は女子か!
(了)
(この物語はフィクションです)
スキンシップ症候群 霜天 満 @MitsuruSouten
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