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短編)秋山菜乃佳のお弁当

秋山菜乃佳

 私はバレーボール部の朝練がある日はお昼前にお腹がすいちゃう。お昼まで持たないのだ。だから早弁をしている、というか朝練がある日は早弁用の弁当を作って持ってきている。


 なのに、あいつは人の早弁をいち早く見つけてくる。わざわざ見に来ている訳じゃないみたいだけど(そうだったら問答無用でアタック練習の標的にしてしばくよ)、休み時間にこそっと食べてると廊下を通っているあいつと視線が合うのだ。

 不愉快に思ってるから文句を伝えているつもりなのだけど、それでも見つけてくる。そして生徒自治会室に集まっている時にバラしてきたりする。

「秋山さん、今日の弁当はコロッケ、お手製みたいだったよね」

古城さんが顔を上げると言った。

「あれっ?秋山さんとは今日学食でお昼は一緒」

私はすぐ古城さんを止めた。

「古城さん、余計な事言わない。こら、姫岡。また見てたのか」

「いや、たまたま目に入るだけだよ」

「嘘つき。私の弁当を狙ってるんでしょ。自慢じゃないけどとっても美味しいけど姫岡に分けてやる分はないからね」

「いや、気にはなるけど食べさせてなんて言ってないから」

こんな感じの会話をよくしている。

 三重さん、日向くんたちはいい加減慣れたのか呆れたのか苦笑しかしてくれない。あいつが私の早弁を見ているというのはプライバシー侵害だと思うんだけど。どうしたもんかしら?


姫岡秀幸

 僕は別に秋山さんの早弁を見る気はない。……はずなんだけど、午前中に秋山さんがいる教室の前を通るとよく食べているのを目撃してしまう。わざわざ見に来ているとか思われたら、ものすごくいやがられるだろうし、それはなんだか嫌なのだ。

 そう思いつつ彼女が気にしないようにとわざとツッコんでいるんだけど、どうも偶然だという事が今ひとつ伝え切れてない気がする。どうしたものだろう?


 授業が終わり中央校舎1階の生徒自治会室に寄ってみたら古城さんがもう来ていた。古城さんが副会長になってからお金を出し合ってコーヒーを淹れられるようになっていて僕や秋山さんもよく立ち寄っていた。

「うっす」

「あ、姫岡くんか。こんにちは。ちょうど淹れたところだけど飲む?」

僕が頷くとマグカップにコーヒーを淹れて僕の方へと差し出してくれた。

「姫岡くんって秋山さんの早弁、よく見つけてるよねえ」

「それねえ。たまたまなんだけどね。わざわざ探して見に行ってる訳じゃないって先に言わないと疑われそうだから」

 古城さんは冷やかすように言った。

「ふーん。二人とも相手の事を気にしているからじゃれ合ってるのかと思ってた」

「それは誤解。違うよ」

「違ってないって。私から見ていても仲良くてうらやましいなあって思ってたし」

そう言って冷やかされた。彼女は三重さんと日向くん相手でもこういうからかいをやってるけど、あの二人は普通の定義で言えば付き合ってると言える。何故かあの二人はそういう言葉を使うのは早すぎると思ってるらしい。

 僕は秋山さんとは相思相愛とか断じてそういう関係じゃないんだけどな。良い友達だとは思うけど。

そうしているうちに古城さんが

「見てるだけって思われれてるのが嫌なら試食させてもらえばいいんだよ」

なんて突拍子もない事を言い出した。

「古城さん、僕は彼女から『おまえに食べさせるような分はない』ってな事もわざわざ言われてるんだよ」

と言うと古城さんは分かってないなあという感じで笑われた。

「やり方次第じゃない。一方的に食べさせてっていうのはそりゃ私だって嫌だよ?」

 そう言っていたらドアの方が賑やかになった。

「あ、冬ちゃんが先に来てるのかな?珈琲の香りがする」

ガラッガラッと扉が開くと入ってきたのは三重さんと日向くんだった。

「冬ちゃんと姫岡くんだったか。早いねえ」

日向くんが手を上げた。

「おっす。姫岡、ちょうどよかった。明日の各クラスの配布物の準備があるんだけど」

「もちろん、手伝うよ」


 帰り道、みんなと別れた後、古城さんとの会話を咀嚼し直した。そして一つ手を思いついた。


秋山菜乃佳

 休み時間になった。今日こそはあいつに見つかる前にさっと美味しく食べよう。そう思って弁当箱を取り出した。

 するとだ。目の前の椅子に人が座ると目隠しに出して立ててある教科書をパタンと閉じた奴がいる。姫岡だった。

「姫岡、何するのよ」

「僕も少し早弁しようと思ってさ。っていうか秋山さんのお手製のおかずは一度食べてみたいと思っていたんだけど」

「人に試食させるほどの分量はないからダメ」

「タダで食べさせてなんて言ってないよ。僕の作ってきたおかずと交換しないか?」

そういうと机の上に弁当箱がおかれてパカッと開かれた。ピーマンの肉詰めが4個ほど入っていた。

「これ、お手製だよね。姫岡のお母さんが作ったの?」

姫岡は首を横に振った。

「うちの親も忙しいから。昨日の夕食が僕の当番でその時の余りを今朝焼いて入れたんだ。美味しい自信はある。ケチャップとソースどちらがいい?」

「……じゃあ、ソースで」

彼は袋入りのソースをおかずにかけてくれた。

「さあ、召し上がれ」

 美味しかった。挽肉だけじゃなくてきざんだタマネギとか入っているらしい。ピーマンもはがれないけど、片栗粉使ってるのかな。思わず微笑んでしまった。美味しい事は笑えるのだ。


姫岡秀幸

「どうかな?味は?」

彼女は微笑んでいたけど、さっと表情を打ち消して怒りだした。

「私の方が絶対に美味しいよ。さっ、姫岡、口を開けろ」

そういうと彼女は僕の口の中に彼女の弁当のおかずの卵焼きが押し込まれた。

「出汁とかこってるんだぞ。有り難く味わって食え」

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