第4話

目指す万計沼までは急な坂が続き、上部には何か所か渡河とがする部分もある。渡河といっても、大したものではないが、増水すると渡るのをためらわれることもある。一番、増水している可能性が高いのが中腹あたりの川であり、最後の万計沼手前ではほとんど沢登りのようになることもある。その年によって変わるので、なんとも言えない。


「三田村さあ、濡れるのやだよな」

「さあ、場合と量によるよ」

「まあ、どうせ濡れるんだし、着替えもあるしな」

あらかじめ三田村の意思を確かめておかないと、途中で降りるといわれても困るわけだ。


果たして、中腹の渡河箇所にさしかかった。河の水は以外に少なく、古い木橋の上を渡れば、それほどに濡れなかった。なんとかなった、と私は思ったが、同時にこれは山頂付近の雪解けが遅いことを意味する。万計沼まではいいが、そこからは想像もつかない。


 渡河を終えてから、暫く歩き、ようやく万計沼下の最難部に到達することができた。いつものことだが、ここはぬかるんでいて、かつて滑落していった人を見たことがある。滑落といってもたいした岩場もなく、怪我もそれほどではなかったが。とにかくツルツルとしていて、しかも濡れているから歩きにくいわけだ。三田村の表情が険しくなってきた。

「あと、十メートルも登れば平地だよ、頑張れ」

三田村は無言で格闘中である。


シューズを岩の角に引っかけて私は先に登り終えた。三田村も続いた。


「おおー。すごいじゃない」

「結構ね。でも真簾沼まみすぬまの方がもっときれいだよ。万計小屋の階段で一休みしよう」

「分かった」

 二人で小屋の階段にすわり、タバコを吸いながら一服していた。


 疲れもとれてきて、周囲を見渡す余裕もできた。それにしても静かだ。今日は誰も登っていないのだろうか。だが、私は静かな理由に気がついてしまった。だが、三田村には言わなかった。

「三田村、ビール買ったか?」

「買ってないよ」

「愚かなやつめ」

「いらないもの」

「山頂に着いたら飲みたくなるに決まってる」

「そうかなあ」

 そんな話をしていた。

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