空沼岳 北海道の春

いわのふ

第1話

 五月になり連休になった。


 私は貧乏学生でやることもなく、アパートでやるせなく過ごしていた。ふと、山岳地図を見ていて、ここ行ってみようか、と思う山があった。空沼岳である。


 「空沼岳そらぬまだけ、湖水と森林をたたえた美しい山」というタイトルでガイド本にものっていた。夏には一人で何回かいったことある。ただ、一人で行ってもつまらない。近くに三田村のアパートがあるので、聞いてみよう。彼女もいない三田村、どうせ暇に違いない。


 三田村の家に勝手に入っていったら、昼飯を作っていた。


「一緒に食べるか?」


 と三田村は私に聞いた。私は答えた。


「そうしてくれるとありがたいよ、カネがもうなくて」


「じゃあ、炒飯ということで」


「なんでもいいから食わせてくれ、それからちょっと話があるから」


「ご飯たべながらでいいっしょ」


 三田村に食料配給を受けながら、私は山行のことを話し出した。


「だからね、南区なんだけど、ずっとサイクリングロードが豊平川とよひらがわに沿ってあるわけだ」


「それで?」


「三田村、山に行きたいというからさ、一緒に行こうよ」


「疲れるの?」


「大したことないって」


 怯える三田村に地図を見せて説明した。


 豊平川に沿って自転車で南下し、そこから外れて切り崩し場の方に向かう。約二五kmも行くとその近くに実にきれいな小川がある。小川があるのはこの山が、水に恵まれているという証拠だ。しかもこのゴールデンウィーク、暇だろ、と説得を続けた。


 そして、この山には二つの湖がある。それも実に美しいのだ、一つは万計沼ばんけいぬま、もうひとつは真簾沼まみすぬまという。空沼というのもあるが、ルート外なので今回はやめよう。ゴールデンウィークだし、軽装で雨合羽でも着ていこう。どうせ濡れるんだからごく普通のシューズでもいいだろうと。


 三田村は炒飯をぐぶぐぶと食いながら、私の話を聞いている。

「そう、じゃあ、湖じゃなくて沼なんだね」

「沼とも言えないくらいきれいなんだよ」

「で、面白いものとかあるのかな」

「お前の好んでやまない、シマリスがいっぱいいる」

「熊出ないよね」

「出ないって、こんな人の通るルート」


 ようやく三田村の説得に成功した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る