逃げて生きる
──僕は小学校高学年くらいの年齢だった。
小学校には、ここ最近やっと行けるようになった。親からまともな教育を受けることができなかった僕は、落ちこぼれていた。
親の命令で学校にも行けないことが多く、隠れてこっそり勉強を行い、なんとか次の試験には受かりそうだ──
彼の名は、特に決まっていないが、仮にカイトという名前にしよう。
というのもこの物語は、私自身が見た夢の中で一番クオリティが高かったのでそのまま小説にしただけなのだ。
おっと、それはどうでもよかったね。夢の話だから、忘れてしまわないうちに書かないといけない。
カイトの生活環境は、劣悪だった。
まともな教育さえ受けることが出来ないが、自分の部屋はある。部屋はまるでマンションのようになっていて、家族経営のマンションの一室に住んでいる状態に近かった。実質一人暮らしである。
父親がオーナーなのと、小学生の身であるためか、家賃を迫られることはなかった。
マンションにはクラスの人も住んでおり、学校に行けなくてもクラスの人には会えた。
一室だけ、マンションの住人であれば誰でも自由に出入りすることができる共同スペースとして一室用意されている。カイトは、そこのすぐ右側の部屋だったため、ちょくちょくクラスメイトが出入りしているのを見かけた。
だがカイトは、その一室へ入ろうとはしなかった、決して友達に嫌われているわけではないが、たくさん勉強して、今を生きる必要があったカイトにとっては、余裕がなかった。
「じっとしていろ」
カイトの生活は、ほぼ監禁に近かった。強制労働させられるわけでもなく、ただ親からのその一言に、だまって頷くしかなかった。
これでも、昔は学校へ行けていた。小学校低学年くらいだっただろうか、すごく楽しくて、特に図画工作が大好きだった。
そして今日、久々に学校に行くことに許しをもらえたカイトは学校へと来ていた。
だが、小学校低学年の頃の楽しい気持ちは一欠片もなく、微かに残る夢のようなものを追いかけながらも、恐怖に耐え抜く気持ちが上回っていた。
誰にも話しかけず、カイトは必死に先生の授業を聞いた。
「木を使って好きなものを作ってみましょう」
授業は図画工作だった。先生は、髪が長く清楚な女性で、今日作るものについての説明をしていた。
(なんでも・・か・・、よし)
カイトは、配られた木片を手に取り、木片を削っていった。
木片はみるみるうちに中が空洞になり、何かを入れられるような箱の形を表した。
ところどころ空洞があり、外から中身が見えるようになっている。しかし、これではその穴から中に入れた物が出てしまうではないか。
(この中に鉛筆を刺して・・)
箱の底は、ちょうど鉛筆が何本か刺せるようになっていて、鉛筆を差し込むと固定されるようになっていた。これによって、固定された鉛筆は、空洞部分からはみ出てしまう心配がなく、木によって鉛筆がばらけることを防いだ。
空洞部分も意味があった、木片は角以外はほぼ空洞になっているため、指を入れることができた。そのため、固定されている鉛筆を直接もち、引っ張ることで取り出すことも容易にできたのだ。
──それは、筆箱であった。
カイトは、ランドセルを持っていない。というか、持っているものは教科書だけであった。鉛筆もクラスの人に頼み込んで分けてもらったものである。筆箱でさえ、なかったのだ。
「カイトくんは筆箱を作ったのね!すごい!」
褒められた。先生は、とても驚いていた。まわりのクラスメイトの視線がカイトに突き刺さる。
カイトの中では嬉しいという気持ちと怖いという気持ちが混じり合っていた。
「あれ、誰?」
「カイトだよ」
クラスメイトはそこで初めてカイトの存在に気づいた人も多かった。殆ど学校へきていないカイトは、たまに来ても、その存在に気づいてくれる人は誰もいなかった。
「カイトって、勉強しなくてもいいんだよね」
「うやらましー」
誰かが陰口を言ったが、カイトの耳には届いていなかった。たまにしか学校に来ないカイトは、クラスメイトからは、天才に見えていたのだ。たまにしか学校に行くことを許されないカイトは、授業についていけるように、人一倍努力しているだけであったが、この図画工作の時間においては、先生は特にカイトのことを褒めまくるので、カイトはたまにしか学校にこなくていい天才というイメージが、クラスの中で広まっていた。そんなこと、カイトは知らなかった。
午前の授業が終わり給食の時間になった。学校へたまにしか来ないということは、給食当番もサボっているということになるため、給食を受け取るのにカイトの心は痛む。
「おい、カイト」
給食を受け取るために並んでいたカイトに、クラスメイトの男の子、タクヤがカイトに声をかけた。
「お前はいいよな、たまにしか学校来ないでいいんだもの、そんな人いらないから来ないで貰える?」
嫌悪感丸出しのその表情で、タクヤはそう言い放った。
「どうしてそんなこと言うの。僕も毎日学校に行きたいけど行けない事情があるんだ。」
「うるさい!」
釈明をするカイト。しかしタクヤは全く聞き入れてくれない。
その時、目の前で鋭い金属音が響いた。
「!?」
タクヤは、手に隠し持っていた包丁でカイトに切りつけようとしていた。タクヤをよく見てみると、顔は真っ赤で、鬼のような形相。そして──
「どこから出した?!」
「え・・・」
カイトの手には、二本のダガーナイフがあった。
さっきまでカイトは、ダガーナイフなんて持っていなかった。一体自分に何が起きたのか一瞬わからなかったが、カイトは気づいた。自分が、この二本のダガーを生成したことに。
「やばい!!」
カイトは、逃げることにした。タクヤを振り切り、クラスを出た。タクヤは、自分がやろうとしたこと、何故か二本の鋭いダガーが目の前に現れたことによって混乱していたのか、
カイトは、せっかく作った筆箱を破壊されないように、他のクラスの地味めな男の子に筆箱を託し、学校を後にした。
この世界には、特殊能力があるという説明では、すこし語弊がある。正確には、ある一族だけに与えられる不思議な力が強大で、言うなればなんでも出来てしまう。
その力は、強大ではあるものの、脆かった。脆すぎたのだ。
その力を、カイトは使ってしまった。
二本のダガーを生成する能力は実際に宿ったが、それが問題ではない、本当の力はそれでは無かった。
自分がした過ちに、いつも恐怖に包まれていたようなカイトは、更に恐怖のどん底にいた。
カイトの一族は、生まれた時にはまだ能力を持っていない、人生の中で一番強く何かを願った時に、その願いがたった一度だけ叶うという力を持っていた。
おそらく父親か母親のどちらかは、お金持ちになりたいだとか、マンションが欲しい!とか強く願って今、このマンションがあるのかもしれない。
そんな親がカイトにしてきた行動、全てにおいてこの力が関係しているとすれば、筋が通る。
子供に対してほぼ監禁とも言える外出制限、何も与えず、ギリギリで生かされていたカイト。
それは、カイトに力を使わせないために強く願うという気持ちを削がさせるための親なりに考えた結果であったのだ。
しかし、その考えは甘かった。どんなに欲がなく、まともな思考が出来ない状態だとしても、命の危機は、その強く願うレベルに十分に達したのだ。
親はいったいカイトに何を願わせたかったのだろうか。しかし、その事実をカイトは知らなかったが、能力発現において、そのときに一番必要な物であったことがまさにナイフであったこと、自ら生み出した能力であることによって、少しは気づいているようだった。
(このことを親にバレたらまずい・・)
(逃げよう・・)
カイトは家を出ることにした。
静かに音を立てずに家を後にするカイト。家の敷地は広く、見つからないように庭を歩いていた。
「父さんや母さんは僕に、何を期待してたのだろう」
一人でそう呟くカイト。この家にはもう戻ることは出来ない。
「お、兄ちゃん」
「お、アスタ・・」
弟に見つかってしまった。弟はバイクのような自転車のような黒い乗り物に乗っていた。
「何してるの?」
アスタは、そう言いながら謎の乗り物を消した。
「特に何も・・・ところで・・・今乗り物がなかった?」
目の前の光景に驚くカイト。
「これは僕の能力。いつでもめちゃくちゃ速い乗り物を出せるよ。」
アスタは冷静にそう言った。カイトは、一つ疑問に思ったことがあり、確認することにした。
「その能力はいつからあるの?」
「これはねー、2年前くらいかな? 学校に遅刻しそうになって」
カイトは思った。カイトは2年前はまだ学校に普通に行けていた。特に制限もなかった。そして自分はまだ能力のことについて知らなかった。きっと弟はその時点ではまだどんな能力が決まってなかったんだと。そう思った。
アスタの能力が発現したこと、その能力以外の能力に変えることができなかったことに気づいた両親は、カイトは絶対にもっと良い能力にさせるために、厳しい環境にカイトを置くことに決めたのだ。
「僕は、もう行かなきゃいけないから、じゃあここで・・」
「どこに?ついていくよ」
アスタは言う事を聞かなかった。あんな乗り物に乗られては絶対に追いつかれることはわかりきっていたので、諦めて一緒に行くことにしたカイトであった。
庭を抜け、沢山の建物が並ぶ町並みが広がる。
大通りを避けて通ってきたため、初めて来る場所でもあった。
「こわ・・・」
下を見ると、底が見えなかった。
今まで庭だと思っていたところは、地面ではなく、何かの巨大な建物の上にカイトが住んでいる建物が建っていた。その巨大な建物へとつながる大通りもまた、細長い巨大な建物だった。その裏通りには巨大な建物の終わりがあり、底が見えた。
その空間は横幅3メートルくらいはあるだろうか。隣にも似たように巨大な建物があった。その建物の窓はすべて閉じており、大量のゴミのようなものが窓の中から見える。そして古かった。
大通りを通ると、知り合いなどに目撃されるリスクがあったため、裏通りを通るしかなかったカイトにとっては、建物のベランダや、エアコンの室外機に乗って飛び越えながら進んでいくしかなった。
「この街ってこんなふうになってたんだね・・」
下を見つめて、そうアスタは言った。
「すごい・・・」
恐怖で潰されそうになるカイトの心身はやや疲れが出てきていた。
「ここまでくれば大丈夫かな・・・」
気が少し楽になったカイトはそう言った。
「ところで・・どこまで行くの・・・?」
「無理に来なくてもいいよ」
「・・・」
アスタはカイトにそう言ったが、ついてこられると困るので早く帰って欲しかった。
危険な街を飛び越えつつ進んでいった先には、広々とした知らない場所があった。人がいっぱいいて、どうやら駅のようであった。
高所恐怖症になりかけていたカイト達の疲労はピークになっていたので、落ちる心配が皆無である人混みに紛れる作戦を取ることにした。
「なんか、つけられてない?」
怪しい人がずっと後ろにいることに気づいたアスタ。カイトは後ろに振り返ってみると、数メートル後ろにふらふらしながら小走りにこちらに向かってきているのだ。
「つけられているというか、襲われようとしているよ!」
焦るカイト。あ、そうだったんだと理解する冷静なアスタ。
「いやいや、逃げるよ!」
二人は走った、駅の入り口に入り、エスカレーターのを駆け下りる。駅は地下鉄のようでどんどん地下へと進んでいく。
よく周りを見てみると、何人かは似たような怪しい人がちらほらいることに気づいた。それに気づいて逃げている人も何人かいる。
人混みを避けるために、できるところまで地下へと降りると、大きな地下通路へと出た。
「よかった、ここなら人がいないみたいだ」
安心するカイト。しかし様子が変だ。人がいなさ過ぎる。
「もう使われていない通路なんじゃないかな?」
アスタはそう言うが、それでも疑問が残る。
広大な地下通路、湿度が酷く、天井はやや湿っている。所々横道があようだ。
殆どがコンクリートがむき出しで、劣化している。
しばらく進んでいくと、横道にとんでもないものを見つけた。
「なにあれ・・・」
アスタは、ひとつの横道に指を指した。
「・・・!!」
黄緑色をした皮膚か膜のような組織で包まれた巨大な物体が、横道のいたるところに張り付いていた。それはまるで、芋虫のような表面。
小さいものもあるが、大きいものは、中央部に顔のような凹凸おうとつが何個かあり、見ただけで人を恐怖に陥れた。
そして、最も怖かったのが、その大きな黄緑色にある顔は、喋るのだ。
「アア・・・ア・・・」
顔といっても、顔っぽく見えるだけであり、喋るような器官はどこにもないが、口らしき部分が動くたびに声が聞こえてきた。
カイトたちは知らなかった。小さな芋虫が、人に寄生し、誰もいない場所でサナギになる。羽化した人間は、何かひとつの願いを叶えることができる力を持つ人間として進化して生まれてくることを。そして、通常の人間より凶暴化することを──
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