馳走

発条璃々

蠱毒のカファル

 ある教会に一人の子羊がやってきた。

 厳かな門戸を開けると、一人の修道女がいた。

「罪の赦しを頂きたいのですが、聞いて頂けますか?」


 子羊はおずおずと修道女に訪ねた。

 修道女は少し思案し子羊を告解室へと導いた。

「聴罪神父様は、今出かけておりますので、代わりに私がお聞きしますネ」


 子羊は先程まで自分がした罪状を、修道女に刻々と聴かせた。

 修道女は耳を傾け、子羊は洗いざらい発露した。

「我らが在します偉大な主よ、この迷える子羊に赦しを与え給エ」

 修道女は胸の前で十字を切り、祈り始めた。

 迷える子羊はゆっくりと告解室を出た。

 修道女も祈りを済ませ、顔を出す。


「修道女様、私は聖職者を襲ったと、告げました」

「ええ」

「その罪は先程、赦しを受けましたが、あれは未来の罪なのです」

 迷える子羊は、修道女ににじり寄り、

「ですから、罪は赦されてしまったので、罪を罪として実行しなければ成り立ちません」

「私を襲うと、仰りたいのデスカ?」

 迷える子羊は修道女の問いを無視して懐から刃物を取り出した。

 荒い息を吐きながら、一歩また一歩と修道女へと近付いていく。

 迷える子羊はいつの間にか狼へと早変わりした。

 だが変貌したのは子羊だけではない。

 修道女もまた、深い息を吐き出したかと思うと身に隠していた瘴気を晒した。

「人間というのはひどく滑稽だ。女、子どもだと見れば見くびり侮る」

 笑いを噛み殺すように嗤う修道女の姿は徐々にその形を成してはいなかった。

 修道女に形取っていたは無数の蟲。蟲。蟲。蠢く黒い塊。

 カサカサカサ

 素早く這いずるその音は、誰もが忌み嫌う油に濡れた天敵だった。

 戦慄し後ずさる狼。戦意を喪失した者など敵ではない。

 蠱毒のカファルは一斉に襲い掛かり、狼の断末魔すら飲み込むと骨の髄まで食い散らかした。

 跡形もなくなった教会で一人、婉然と嗤う修道女。

「馳走……デシタ」

 そう告げると、カファルはお辞儀をして教会を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

馳走 発条璃々 @naKo_Kanagi885

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ