第5話

 心配する咲と別れて桜並木まで行くと、先に来ていた要先輩は紅葉した並木を撮っていた。

 秋の桜なんて気にとめたこともなかったけど、落ち着いた赤にオレンジや黄色が入り交じっておもむき深い。紅葉もみじのような華やかさはないけどこんなに綺麗なんて。普段通らない道だから気づかなかった。


「綺麗ですね」

「ああ、来たね」


 私の声に振り向いた要先輩が、カメラを降ろして爽やかに笑う。この笑顔がくせもの。


「少し歩こうか」


 早く聞いてしまいたいのに、背を向けて歩き出してしまう。

 距離をつめられないことには安堵して、しかたなく斜め後ろをついていく。


 考えてみたら、この人はいつもそうだ。必要以上に近づいてこない。改めて二人で会うって言うから緊張したけど。……もしかして、気をつかってくれてるのかしら。

 そんなことを考えながらついていくと、ふと屈みこんだ先輩が一枚の葉っぱを拾って私の前に差し出した。


桜紅葉さくらもみじも中々いいだろ?」

 

 受け取った葉っぱは一枚の上に鮮やかな黄色やオレンジ、赤が重なっていていて、その一枚だけでも芸術品のよう。

 桜紅葉さくらもみじっていうのか。知らなかった。


紅葉もみじと違って葉が厚いから、陽に透かすより今みたいに少し傾きかけた陽が当たる方が綺麗なんだ。一枚一枚もね」


 持っている葉っぱにもう一度目をやる。


「ほんとに綺麗」

「その表情かお! それが撮りたいんだ」

「え?」

「……桜月夜でもう一度写真集を出したいと思ってる。そのモデルになってくれないかな?」


 いきなりの申し出にびっくりする。


 私、今どんな表情をしてたの?


「琴音ちゃんが、ただ美人だから撮りたいわけじゃないんだ。表面だけを求めるなら他にも美人はいっぱいいるよ。だけど俺は美人が撮りたいんじゃなく、を撮りたいんだ。君のふとした表情や醸し出す雰囲気とか、内側に秘めた思いなんかが滲み出たような瞬間が撮りたいんだ。咲ちゃんと二人でいる時だけに垣間見せる無意識の笑顔とかね」


 美人が撮りたいんじゃなく、撮りたいのは、私自身?


「返事は急がないよ。桜の時期までまだまだあるから」


 いつものように爽やかに微笑む。


「……考えさせてください」


 そう答えた瞬間、そのいつもの笑顔がさらに綻んだ。


 珍しいものを見た。この人がこんな風に破願するのを初めて見たかもしれない。屈託のない笑顔が新鮮にうつり、不意に胸が早鐘を打ち始める。


「あの、オッケーしたわけじゃないんですけど?」

「即答で断られるかと思ってたから。考えてくれるってことは、可能性があるんだろ?」


 その笑顔のままの先輩を見て、ふと思う。

 私と違っていつも笑顔を絶やさない人だけど、もしかしたら本当は私と同類で、本心を表に出すのは苦手な人なのかもしれない。





「琴の写真集!? きゃ~ん! すごい! いい! 見たい!」


 その話をすると咲は小躍りして喜んだ。あんまりはしゃぐから、つい意地悪を言ってしまう。


「私のが出たら、咲への集中が分散されるから?」

「ごめん。それもある。わかってるよ。琴がそういうの苦手だって。だけど、私なんかでもあんなに綺麗に撮ってくれるんだよ? 琴だったらどんなに素敵に撮ってもらえるか!」


 確かにあの写真集の咲は最高に綺麗だった。咲の一番いい笑顔、自然な表情が撮れてた。でも私にはあんな可愛らしい笑顔はできない……。


「やっぱり無理!! 咲のあんなキュートな笑顔の後に私だなんて」

「なに言ってんのよ。琴の方が綺麗に決まってるでしょ」

「違う違う。先輩は美人が撮りたいわけじゃないって言ったのよ?」

「先輩の周り、美人なんていっぱいいるものねぇ。お姉さんたちもすごい美人らしいし」

「でしょ? 容姿じゃなくて一瞬の笑顔とか表情とかって、そんなの私にできるわけないわ」

「そんなことないよぉ。琴は自分を知らなすぎるよ」


 そんな会話を繰り返し散々悩んだ結果、半分咲に押し切られてやってみることになった。躊躇ためらいは残ったままだったけど、本当の先輩を知ってみたくなったから。


「こ~と、今ここで返事しちゃいなよ。帰って一人になったらまたうだうだ考えちゃうよ」


 その言葉に、その場で返事をしてしまった。





 翌日学食に行くと、先輩たちと雑誌を覗きこんでいた咲がとんでもないことを言った。


「ね、撮影旅行、樹先輩と私も一緒にいいって! 次の日はどこか観光したいねって今話してたの」

「え? ちょ、ちょっと待ってよ。撮影って泊まりなの?」

「へ? そりゃそうでしょ」

「あれ? 俺、桜月夜を撮りたいって言ったよな?」

「はい。言いましたけど」

 

 それならなんでわからないのかわからない、というように怪訝そうに


「月夜は毎年同じ時期じゃないだろ?」

「あ!」

「そう、ここでは見れないんだよ。桜と月とセットでは。もっと開花時期の遅い地方に行かないと。わかっててオッケーしてくれたものと思ってたけど」

 

 迂闊だった。モデルになることそのものにばかり気がいってしまって……。

 でも……? 咲なら気づきそうなのに?


 咲をみると、あさっての方を向いている。


 !! わざとだぁ~。


「楽しみだね」


 白々しくにっこり微笑む咲に絆され、お泊まり撮影旅行に行くことが確定してしまった。


「大丈夫かい?」

「はい、……大丈夫です」


 とは答えたものの、ホントに大丈夫かしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る