第2話

「来ると思ってたよ」

 

 私の行動を見透かしてたように微笑むのが癇に障る。ムッとして思わず睨んでしまった。先輩なのに。

 そんな要先輩の隣で、ぷっと樹先輩が吹き出した。


「ごめんごめん、ちょうど今話してたところだったから。きっとキミがすっ飛んでくるって」

「これの話だろ」


 涼しい顔で要先輩が、スマホをひらひらと振って見せる。全部お見通しって顔。言い返す言葉を出す前に、要先輩がさっと立ち上がって扉へ歩いていく。


「じゃあ、行こうか」

「どこへ?」

「ここで話すの?」


 確かに。昼休みになったサークル部屋にはこれからどんどん人が来るだろう。くるりと部屋内を見回して一瞬そう考えた私を見て、にやっと嗤う要先輩。


 ああ、もう。また!


「咲ちゃんもおいで」


 苛立ちを隠せない私を尻目に、後ろでちっちゃくなっている咲に優しく声をかけると、先に歩き出した。

 咲と並んで先輩たちの後ろを歩く。背中を見つめながら、この先輩は信用ならない、と思ってしまう。

 咲は入学当初からあの爽やかな笑顔に憧れてたけど、私はその裏の本心が見えない気がして信用できない。前に咲を冗談でからかったけど、ほんとに腹黒いところがあるんじゃないかって思ってしまう。

 大体咲が樹先輩を好きになったのにも、この人が一枚かんでるんじゃないかと思ってる。この子はそんなに浮気性じゃない。それが要先輩から樹先輩へ気持ちがするりと移っていった。……勿論、要先輩への気持ちは憧れみたいなものだったのは知ってるけど。

 あの日。私が遅れて行ったときに要先輩と何やら話しこんでいた、その後からだったんじゃないかと思う。咲の気持ちが少しずつ変わっていったのは。その内容を咲は話してくれなかったけど。

 爽やかそうな笑顔の下で一体何を考えているのか。




 連れて行かれたのは、大学の裏口からすぐ近くの小さな喫茶店。通りからは入り口が分かりにくくて、こんなところに喫茶店があるなんて今まで知らなかった。

 中に入ると奥が一面ガラス張りになっていて、テラス席の足元には盛りを過ぎたソメイヨシノの花びらが降り積もって、桜の絨毯を作っているのが見える。

 窓際の特等席に案内されて思わず見惚れてしまったけど、本来の目的を忘れちゃダメ。店員さんがコーヒーを置いて下がると、正面から要先輩をまっすぐに睨みつけた。


「何を企んでるんですか?」

「何も企んでないよ」


 思いっきり言葉に棘を含んで言ったのに、さらりと受け流す。


「こんなの、騒がれるに決まってるじゃないですか」

「そうだね。話題性抜群の写真だからね」

「なら、なんで!」

「お互い相手につく虫を追っ払う手間が省けていいだろう?」


 つい声をあらげてしまった私に、悪びれもせずに答える。隣の咲がきゅっと私の袖を握って心配そうにしてるのが視界の隅に入って、興奮気味だった自分をなんとか抑える。

 樹先輩が自分たちのことなのに、どこ吹く風で外の桜を眺めてるのにも腹が立ってしまう。

 どうしてこんなに苛々するんだろう。


「まず、樹の多すぎる女性関係に一発で告知できること。メッセージついてただろ?」


 そう、『桜月夜の接吻くちづけ』の下には確かに『君に永遠の愛を誓う』の文字があった。


「あれを見てどんどんくる連絡に樹は一つ一つちゃんと対応してるよ」


 ちらっと樹先輩を見ると、笑顔を返してくる。


 いやいやそんなどや顔しても。今までの行いが悪かっただけなんだから。……でも、そうなんだ。ちゃんとしてくれてるんだ。


「それに、これからの虫よけにもなる。どっちにつく虫もね。樹にはこれからも寄ってくるだろうし、咲ちゃんは、これからどんどんもてるようになるだろうからね。あともう一つは、俺のわがまま。帰って改めて写真を見て、このままにしたくなかったから。写真集のいい前宣伝になると思わないか?」

「つまり、なんだかんだ言っても、自分の売名行為に利用したってことですよね?」


 それが腹の内なわけ?


「そうなるかな」


 肩を竦めてにやりと嗤う。


 ……嘘をつくよりはいいけど、簡単に認められすぎても拍子抜けする。


「騒ぎは一過性だよ」

「そんなのわからないじゃないですか」

「これだけ情報が多い時代に、一つの話題がそんなにずっと引きずられたりしないよ」

「どうしてそんなこと言いきれるんですか?」

「みんな自己主張したくていろいろアップしてるけど、そんな簡単に人気者にはならないだろ?」


 ……確かに。


「咲が傷つくようなこと、絶対にしないでくださいよ? 約束できますか?」

「大丈夫。ちゃんとこいつに守らせるから」


 要先輩があまりにもはっきりと自信をもって言うから。

 納得できたわけではないけど、もう流出してしまったものをどうしようもないのが現実。

 もやもやしたものを抱えたまま、それ以上文句を言うことはできなかった。

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