第3話

「琴、いつもの冷静さをかいてるみたい」


 先輩たちと別れて学部棟へ戻る道すがら、隣を歩く咲がちらっと視線を送ってくる。


「なんで咲はそんなに冷静なのよ! あんた自身のことでしょ!」

「うん、そうなんだけどね。要先輩がいつもと違ってわざと琴の怒りを煽ってるような気がして」

「なんのために?」

「うん? 分かんないけど」

「それで、ホントにいいのね? 写真集。嫌なら、やめたっていいのよ? あの場で言いにくかっただけなら、後で私から言ってあげる。流れちゃったあの写真はどうしようもないけど」

「うん……」


 返事をするものの、咲の表情からして何か別のことに気を取られているみたい。


「ふう……。まぁ、ね。いいのよ。咲がいいなら」

「ありがと。琴」


 咲がふわりと微笑んで、腕を組んできた。その柔らかい笑顔に癒される。


「うん……とね、オーケーの返事はしたものの、まだ自分の中でしっかり自覚できてない内にあんな騒ぎになってるのをみて、怖気づいちゃったの。だけど琴が先輩に突っかかってくれて、もう一回先輩が説明してくれるのを聞いてて、大丈夫なのかなって思えたよ。琴のおかげだよ」


 なんだか一人で空回りした感がしないでもないけど。咲がそう言ってくれるなら、いいか。


 ひらひらと桜の花びらが風に舞って落ちてくる。


「ここの桜は早く咲いたから、散るのも早いね」


 咲が学部棟の前の桜を見上げてぽつりと呟く。

 咲き始めた小手毬や花壇のチューリップやパンジーに降り積もっているのは綺麗だけど、見上げた桜の枝にはもうほとんど花はない。 

 こんな風にあっけなく散ってしまうから、桜はあんまり好きじゃない。



 講義中、咲の言ったわざと私を怒らせてるって言葉をふと思い出した。なんのためにそんなことをする必要があるの?

 確かに、私自身が興奮気味だったのは認める。要先輩の一言一言になんだか腹がたってしまったのは事実。先輩の言い方や態度がなんとも苛立たしかった。


 あれは、故意なの? 



 胸の中にもやもやを抱え込んだみたいになんだかすっきりしないまま、一日を過ごした帰り道。なんの偶然だか、駅でばったりと先輩たちに会ってしまった。四人でいても気まずいのに、咲の乗換駅で樹先輩は「送っていく」と一緒に下りてしまう。

 要先輩と残された私はなんとも居心地が悪く、視線を合わせないように窓の外を眺めていた。降車駅までまだまだある。気が重い。


 先輩はどこまで乗るんだろう。早く降りてくれるといいな。


 なんて考えていると、隣からくすくす笑い声が聞こえてきた。


「クールガールを装ってるけど、結構わかりやすく顔にでるね」

「どういう意味ですか?」

「早く降りてほしいと思ってるんだろ?」


 図星をさされて言葉に詰まる。


「残念だけど、俺の方が君よりまだ先なんだ」


 ……またにやにや嗤ってる。こんな風にからかってくるような人だったかしら。


「まだ腑に落ちないんだろ?」


 はい、とも言えず、どう答えようかと迷っていると。


「他の写真、見るかい?」


 見たい! 

 思わず先輩の顔を見あげると、くすくす笑われてしまう。思いっきり顔に出てたんだなと思うと恥ずかしくてなって、視線を落とす。なんだか振り回されまくってる感じで自分のペースがつかめない。

 悔しいけどそれだけ自信のある写真が見たくて、次の駅で大勢の乗客が降りて座れたところで見せてもらうことにする。

 桜の枝と満月のアップの写真。それから少しひいてはらはらと舞う桜と月。桜並木を歩いてくる咲。月明かりを浴びて蒼白くみえる姿は桜の精のよう。

 桜月夜を背景にふんわりと優しく微笑む咲の、どこか儚げで切なさを含むその笑顔に惹きつけられる。


「綺麗……」


 思わず声が漏れる。


 それから樹先輩を見て驚く顔。零れるような笑顔。桜の花と戯れる姿。と続いて、最後にあの写真。スマホで見るより綺麗なその写真を見て、確かに誰かに見せたくなる気持ちもわかる気がした。

 ふと視線を感じて横を見ると、要先輩がじっと私を見つめている。


「写真集にするのは、反対かい?」

「反対なんて……私が口出しすることじゃないです。二人が納得したんですから」

「でも、腑に落ちないんでしょ?」

「それは……いきなりネットにあげたりするから」

「それだけ? 自分のいない所で話が進んでたことが気に入らないんじゃないか?」


 言われてはっとする。確かに、もし先に相談してくれてたら、結果的に受けることになったとしても、こんなに腹が立たなかったのかも。


「だからね、敢えて君のいない所で進めたんだよ」

「どうして……」

「さぁて、ね」


 にこりと笑って答えてくれない。

 問いただそうとしたちょうどその時に、私の降車駅の到着アナウンスが流れる。


「じゃあ、気をつけてね」


 写真を片づけて言う先輩に、それ以上聞けないまま電車を降りた。


 やっぱり何を考えてるのかわからない。


 もやもやを抱えたまま日が過ぎていくことになった。

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