第4話

 それから半年たって、結果的には要先輩の言った通りになった。

 写真集は大学内からじわじわと広まった『桜月夜の接吻くちづけ』が功を奏してかなり評判になったし、樹先輩を取り巻いていた女性ひとたちもべたべたしてくることはなくなった。人気者になった咲も言い寄られて困るなんてことはおこってないし、二人が半年たってもラブラブだからか『桜月夜にキスしたら永遠の恋人になれる』なんてジンクスまで生まれてる。

 腹立たしいくらい彼の思惑通り。


 それにしても、桜月夜のコと呼ばれるようになった咲はとても変わったと思う。すごく綺麗になった。

 もともと素材はいいのに、あんまり外見を意識していなかった。「琴といるのに私が着飾ったってしれてるもの」なんて言って。それはそれで可愛かったんだけど、先輩とつきあい始めてからお洒落に気を配るようになった。清楚な彼女らしいやり方で。

 それで彼女のファンが急増したのだ。……本人は知らないけど。



「だけど、あの時点では、そんなことわからなかったじゃないですか」

「ん~? そうか? 彼女は元からいいもの持ってたし性格もいいから、有名人の樹とつきあうなんてきっかけがあれば、みんなに注目されるのは目に見えてただろ? 密かな人気は元々あったしね」

「樹先輩の彼女たちからやっかみで何かあるかと思ったけどそれもなかったですよね」

「ああ、それは心配してなかったよ。樹がきちんと対応してったのもあるけど、彼女、女性陣にも結構人気あるんだよ。知らなかった? 先輩たちからはマスコットのように可愛がられてるし、下級生からは慕われてるだろ? 人徳だね」


 咲のいいところをきちんと見てくれてるんだと思うと、自分のことのように嬉しくなる。そんな人徳のない自分が嫌になるけど。


 二人がつきあいだして要先輩と会う回数は必然的に増えたから、気軽にこんな会話もできるようになった。


 でも。

 やっぱり苦手。あの時ほど苛々したりはしないけど、優しい顔をして微笑んでるその裏で何を考えているのか底がしれないというかなんというか。




「どうしてそんなに毛嫌いするかなぁ」

「別に嫌ってるわけじゃないわよ」

「そう?」


 ある日、更衣室で先に着替え終わった咲が小首を傾げて訊いてきた。

 顔には出していないつもりだけど、咲にはなんでもばれちゃうのよね。気をつけなきゃ。


「じゃあ要先輩のこと、どう思ってるの?」

「どうって?」

「先輩は琴のこと好きなんじゃないかなって、思うんだけど」

「なにそれ。そんなわけないじゃない。そんな素振りまったく見せてないわよ」

「そうかなぁ」


 一体何を言い出すのやら。咲のことだから、ダブルデートとかできたらいいなぁなんて思ってるのかな。


「じゃあ何なんだろう」

「何が?」

「要先輩が琴に話があるらしいから今日は二人で帰ろうって樹先輩から連絡来たけど」

「なにそれ?」


 言ったとたんに私のスマホに着信が入る。その要先輩からだ。


「先輩、なんて?」

「……話があるから桜月夜を撮った並木まで来てほしいって」

「それってやっぱ……」

「…………」


 からかい半分の声で言いかけた咲が、私の顔を見て口を噤む。


「ごめん。大丈夫? このところ誰とでもしゃべれるようになってたから、もう大丈夫なのかと思ってた。……一緒に行こうか?」

「ううん、大丈夫。他の男の人と二人っきりなんて絶対ムリだけど、要先輩とは今までにも二人になったことあるから、……大丈夫。多分」

「ホントに?」

「うん、呼び出しだからちょっとびっくりしただけ」



 小さい頃から男の子は苦手だった。中学や高校になるともっと嫌になった。呼び出されて告白されて、断っても断らなくてもいろいろ問題が起きたから。いろんなことがあって、男の人と二人っきりになるのはこわくなった。話をするのも嫌だった時期もあったけど、今は大勢人がいる中では平気になってきたけど。


 でも、二人っきりはやっぱり……。

 

 それにしても、先輩の話は一体なんだろう? いつも会ってるのに、改めて話なんて?

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