最終話
目が覚めると、真っ白い見慣れない天井。視界の端に点滴スタンド。緑色のカーテン。私どうしてこんなところにいるんだろう? ゆっくり体を起こして、周りを見てみる。病院、なのかな。体のあちこちが痛い。
「あら。目が覚めたんですね! 今先生を呼んできますから!」
私の姿を見た看護師さんが慌てた様子で部屋を出て行った。うーん。何がどうなったかわからないや。確か、会社を出て、主任が私に「危ない」って叫んでたような気がする。それからの記憶はさっぱりだ。
「気が付いて良かった。貴女は3ヶ月ほど眠っていたんですよ」
「3ヶ月もですか?」
「はい。クラスメイトの子達が寄せ書きをくれたり、折り鶴を置いていったり、していました。保護者さんに連絡してありますので、直に来ますよ」
「え。え。私、会社員じゃ……」
「いいえ。貴女は大学生です。事故の影響でまだ混乱してるのかな?」
私は大学生? じゃあ、太田さんや興和先輩や鷲野主任は何? 何だったの? 毎日頑張って仕事をバリバリしていたあの時間は何だったの? 全て夢ってこと? それとも、こっちが夢? ああ、胃が痛い。
「胃が痛いです」
「そういえば、貴女のかかりつけ医から貰った処方箋に胃薬がありましたね。ストレス性胃炎になりやすいんだって?」
「あ、はい。あの、事故って何の事故ですか?」
「交通事故。乗用車にはねられたんだ」
車にはねられて入院。よくある事だと思う。打ち所が悪かったから眠ったままだったんだって教えてもらった。それでも、やっぱり、太田さん達のことが気になる。もしかして、これが夢だったりしない? いやいや、そんな事ないか。痛いし。いやでも、ずっと胃痛はしていたしなぁ。うーん。どうなってるかさっぱりわかんないや。
「保護者の方が来られたようなので」
「あ、はい」
先生はさっさと出て行った。あー、どうなってるのかさっぱりわかんない。思い出せそうにないや。記憶喪失かもしんない。何が夢だかさっぱりわからないもん。
足音が近付いて来る。ああ、誰だかわからない人が来ちゃった。
「目が覚めて良かった!」
「あ、あの、私、あなたが誰だかわかんないですけどぉ」
「私は先生の担当編集ですよ! ほら、安達先生の漫画を楽しみにしている読者様からこんなにお手紙が!」
「え。漫画?」
「先生は、『やさしいお薬の話』の作者ですよ!」
「え、え、えー?」
まったく記憶に無い。でも、担当編集さんが差し出してきた手紙を読むと、やっぱり私宛で間違いないようだったし、クラスメイトからの寄せ書きにも「漫画楽しみにしてる」あるし、私、漫画家だったの?
「あのー、保護者って……」
「はい。先生の親御さんは先月亡くなりまして」
「え」
もう何から驚いたらいいかわかんない。なにこれ。どこの夢小説の主人公ってくらいにあっさり親が死んでるって言われた感じ。もうこれも夢の話だといいな。ああ、胃が痛いや。
ふと手にした手紙に私は固まった。綺麗なロマンスグレーの髪に、深い藍色をした瞳。これだけでも抜群にルックスの良いイケオジだと私は思うけど、彼の素晴らしさはここで終わらない。白を基調としたスーツに水色と白のストライプのネクタイ。ポケットチーフは赤色。こんな着こなしができる人なんてそういない。そう。太田さんだ。太田さんが、描かれている。
「太田さんは先生が描かれる漫画で一番人気のイケオジですよね!」
「え。そ、そうなの?」
「はい。先生が愛用している胃薬の擬人化で!」
「胃薬……」
「太田さんはいつも飴を主人公にくれるんですよね。あの飴の正体を疑ってしまった主人公は事故に遭って――で、今連載休止中です」
太田さんが胃薬の擬人化? しかも、休載前の話が飴って……夢の話と似てる。だから、あんなにもしっかりした夢を見たのかなぁ。ああ。ワンチャンなかったなぁ。そこはワンチャンあってもよかったのに、私の夢なら空気読んでよぉ!
「では、私は帰りますね」
「あ、はい。お疲れ様です」
なんだかよくわかんないうちに担当さんは帰ってしまった。
私はベッドに寝転ぶ。太田さんが胃薬の擬人化……そうだったんだ。それなら、興和先輩も鷲野主任も皆お薬の擬人化なのかぁ。さっぱり思い出せないけど、そのうちわかるかな。ワンチャンあったら良いなぁ。
「胃が、痛い」
「それなら、これをあげよう。安達ちゃんの胃痛が治りますようにって、おまじないをかけておいたから」
「え」
目の前に差し出された飴と声に驚く。手のはえている方を向くと、綺麗なロマンスグレーの髪に、深い藍色をした瞳。白を基調としたスーツに水色と白のストライプのネクタイ。ポケットチーフは赤色のイケオジが立っていた。
終
しあわせの匙 末千屋 コイメ @kozuku
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます